<ダイハツ・ヨネックス・ジャパンオープン2018観戦記その1>

近年、国際バドミントン大会では、日本人選手が決勝戦に残るケースが飛躍的に増加してきた。この流れは東京五輪に向けた日本バドミントン界の努力と選手個人の研鑽によるもので、年に一度、秋季に東京で開催される国際大会、ジャパンオープンでも同様の現象が起こるに違いないと予想された。

前回、ヨネックス・オープン・ジャパンをレポートしたのは2015年で、その時は女子シングルス決勝で奥原、山口両選手の日本人対決を観戦することができた。観戦記の締めくくりに、次回は桃田選手か大堀選手の決勝戦で再び観に来ることを誓っていたが、それを果たすべく、今年の7月、チケットを購入することを決めたのだった。購入したのは最終日の決勝戦のみ。それ以上は細君の許可が得られそうになかったためだが、果たして、決勝三種目で日本人が残る快挙となり、目論見は首尾よく達成されることとなった。偶然ながら、今夏の医師バドミントン大会でダブルスを組んだ先輩もまた、この日のチケットを購入していたことが事前にわかり、当日、会場でお目にかかる約束をしたのだった。

9月16日、朝5時起床。前日に予約しておいたタクシーに乗り込み、薄暗い中を岡山駅へ。みどりの窓口で往復の自由席を購入し、予定通り6時始発の新幹線“のぞみ”に乗り込むことができた。東京駅でJR中央線に乗り換え、新宿駅へ。新宿駅からは京王線準特急で調布まで行くと、そこから各駅停車に乗り換えて飛田給駅へと向かう。飛田給駅で下車し、駅の出口に設置してある地図で会場を探すのだが、味の素スタジアムはあるのに、老眼のためか武蔵野森総合スポーツプラザの表記が見当たらない。仕方なくSiriに尋ねて現地へ赴くことに。
徒歩数分で現地到着。味の素スタジアムはその向かいだった。入口の限定品販売コーナーで現役を引退した今別府選手を発見し、俄然、ハイテンションに。前回観に来た際の苦い経験から、今回は予めプレミア席を購入しておいたのだが、やはりこの席は快適だった。残念だったのは最後尾であったことだが、贅沢はいえない。

会場到着は11時前。桃田選手の試合が迫っていたので売店で昼食と飲料水を購入し、試合前に腹ごしらえを済ませた。そして11時半、ついに待ちに待った桃田選手の試合が始まった。相手はフェトラダブ選手。これまで見たことも聞いたこともないタイ王国の新人選手だったが、中国の強豪、シーユーチー、チェンロンを破って勝ち上がってきただけあって、極めて完成度の高い選手だった。要するに粗がないのである。一方、桃田選手の試合の特徴は、極端にクリアーが少なく、ヘアピンとカットが多用される独特のものだったが、この大会は普段より幾分クリアーも多く、派手なジャンピング・スマッシュも多い展開で、ヘアピンが少ない分、絶妙なロブで相手を揺さぶるシーンが数多くみられた。フェトラダブ選手を相手にした場合も同様で、変幻自在のロブが多用される展開となった。やはり、桃田選手はロブが上手なのだ。

プレミア席から観る試合は、クリアーやロブの高さの違いがわかり易く、選手の戦術がつぶさに観察できて興味深かった。やはり、テレビカメラの視点とはまるで異なる。試合は序盤こそ競り合うものの、後半は桃田選手がリードする危なげない展開で、第二ゲームも、中盤から一気にポイントを重ねた桃田選手の圧勝だった。勝利の瞬間、コートに四つん這いになった桃田選手の仕草に、ここまで平坦ではなかった彼の胸中が表れていてオジサンの胸を熱くしてくれた。個人的には、件の不祥事については、若い彼には過分なペナルティーが科せられたと感じていたし、リオ五輪にも出て欲しかったので、彼のことを気の毒に思わずにはいられなかった。
しかし、カムバックした彼の躍進の起爆剤として、あの苦い経験が生かされているなら、それもまた良しだ。処分に腐ることなく生真面目に努力を続けた結果、ここまで成長したのだから。今の彼は、世界の強豪の中でも、頭一つ抜け出ていることは明らかだった。その一方、彼の勝利を喜ぶ半面、ここからの道のりの険しさに同情せざるを得なかった。東京五輪までの二年間は、ずっと追われる立場となるからだ。その重圧に耐えることは余人の想像を超えているが、それを乗り越えるために必要な試練として、あの事件があったのかもしれない。

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