<ある学校長にあてた手紙>

前略  御多忙にも関わらず、お返事をいただき深謝いたします。この国難に際し、ご判断に苦慮せざるを得ないお立場に同情の念を禁じ得ません。しかしながら、かくなる状況においては、行政判断を仰いでいるだけでは互いに身を守ることができない可能性があります。そもそも、このパンデミックが何故起こってしまったかといえば、見方次第ではWHOのミスリードに行政が追従していたからだといえるかもしれません。さすれば、国民一人一人が情報を広く収集して己の身を守る術を考える必要があると申せましょう。

今回の新型コロナウイルス感染の流行は1918年のスペイン風邪以来のパンデミックです。スペイン風邪では二年間にわたって流行が継続し、世界で数千万人が死亡、日本でも30万人以上が死亡していますが、収束した理由は今もって定かではありません。研究によればインフルエンザウイルスによるものだったそうですが、当時は第一次世界大戦の影響で、栄養失調他の要因で二次的な細菌感染を起こして大勢死んでいたものと考えられています。

実際、インフルエンザの場合、ウイルス感染で直接人が死ぬわけではなく、二次的な合併症で死亡するケースが大半であるため、死までの過程は比較的緩徐です。故に、現在は医療が様々に介入して命を救うチャンスもあるので、それで死ぬとしても、元々他の要因で死に近い人が死ぬだけの話です。一方、新型コロナウイルス感染の場合、間質性肺炎と呼ばれる特殊な肺炎を来すために、重症化した場合、患者はいわば溺れ死ぬように急速な呼吸不全に陥って死んでしまう場合があるのが特徴です。
通常の気管支肺炎の場合、肺を構成する肺胞と呼ばれる小さな風船の中に痰が詰まってガス交換に支障を来すのに対し、間質性肺炎の場合、風船の壁が炎症性に分厚くなってガス交換が損なわれます。前者は感染巣が限局して健常肺が多く残されるので、低酸素血症は比較的軽症で済むのに対し、後者は病巣が両側肺野の広範囲に及ぶので、低酸素血症が重篤となってしまうわけです。

故に、現行のごとく患者の自覚症状頼みで自宅療養を促すやり方は大変危険で、患者は自宅で突然容体が悪化して呼吸不全に見舞われ、助けを求める間もなく死んでしまう可能性もあります。かといって疑わしきを全て検査し、入院させていたのでは医療資源が枯渇して医療崩壊を誘発してしまいます。一旦医療崩壊が起これば、単純に酸素吸入するだけで助かる命さえも助からなくなってしまい、インフルエンザとは比較にならない勢いで身近な人が次々に亡くなる事態を招くことになると考えられるのです。

大雑把に言ってウイルスはDNAウイルスとRNAウイルスとに分類されますが、前者は構造が安定しているため、これに対して人間は終生免疫を獲得したり、効果的なワクチンを作成して予防することが可能である一方、後者は変異のスピードが速いため、我々がこれに一度感染、治癒しても再び感染するリスクを伴います。
実は、インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスは後者であり、集団免疫を獲得して封じ込めるという現行の戦略にどの程度期待できるかは定かでありません。イギリスの研究によれば、このウイルスは二週間ごとに変異を繰り返しており、かつてスペイン風邪がそうであったように、流行の第一波が去っても、第二波、第三波が予想されるのです。
当然ながら、変わり身の早いウイルスに対して有効なワクチンを作るのは至難の業で、毎年ワクチンを接種しているのにインフルエンザに罹患する人々が後を絶たないのはそのせいでもあります。付け加えれば、コロナウイルスに有効なワクチンを開発した実績が未だ人類にはありません。つまり、ワクチンの開発と普及を待っていたのでは、収束はいつになるかわからない状況であるといえます。

では感染の収束が絶望的かといえば、そうでもありません。わが国が開発したアビガン、ストロメクトールなどは、新型コロナウイルスに対して極めて高い治療効果が期待される上、人体への安全性も大方確認済みの薬だといえます。よって、既に効果と安全性の両方が確立されている既存の治療薬をできるだけ早く大量供給し、疑わしきを罰するやり方で早期治療を徹底、重症者の発生を抑制してしまうという政策が採択されれば、現在のような行動制限を早期に解除、経済活動を再開しつつ、医療崩壊を防ぐことができると考えられます。逆に、そういう状況にならなければ、スペイン風邪に鑑みる限り、二年程度は現状が続くことを覚悟しなければなりません。

目下、奇跡的にわが国の死亡者は他国に比べて少ない状況ですが、油断は禁物です。一か月前のイギリスの死者数は現在の日本と変わらない状況でしたが、たった一か月でその50倍以上の二万人近くまで激増してしまいました。一人の患者が二名以上に感染させる計算で患者数は指数関数的に増大するので、なだらかな増加傾向だった感染者数が突然激増するのは当然の帰結です。
残念ながら、わが国が発令する緊急事態宣言には強制力がなく、感染封じ込めにはほとんど無効であるため、その意味するところは治療薬の大量生産とワクチン開発までの時間稼ぎに過ぎません。故に、先の薬の大量供給が間に合わなければ、結局は国民全員がウイルスに暴露され、淘汰を受けることになると予想されます。最近の報告のうち、朗報は子供間では感染が起こりにくいことを示すデータがあること位ですが、残念ながら海外では小児でも重症化や死亡例が報告されているので、登校再開を安全視できる根拠は全く見当たりません。

さて、ここまで長々と下らない蘊蓄をご高覧いただきましたが、今後の学校運営方針をご決断いただく判断材料の一つに加えていただければ幸甚です。新型コロナウイルスは、世代別の致死率からみても、校長先生や学園長先生にとって最も危険なウイルスであるのは間違いなく、誠に僭越ながら細心の注意を払って対応していただくことを切望する次第です。  草々

<新型コロナウイルスの何が怖いのか>

通常のインフルエンザ感染の場合、インフルエンザウイルスで直接人が死ぬわけではなく、二次的な合併症で死亡するケースが大半で、死までの過程は比較的緩徐である。故に、医療が様々に介入して命を救うチャンスもあるので、インフルエンザ感染で死ぬとしても、元々他の要因で死に近い人が死ぬだけの話だ。一方、新型コロナウイルス感染の場合、間質性肺炎と呼ばれる特殊な肺炎を来すために、患者はいわば溺れ死ぬように急速な呼吸不全に陥って死んでしまう場合がある。
通常の気管支肺炎の場合、肺を構成する肺胞と呼ばれる小さな風船の中に痰が詰まってガス交換に支障を来すのに対し、間質性肺炎の場合、風船の壁が炎症性に分厚くなってガス交換が損なわれる。前者は感染巣が限局して健常肺が多く残されるので、低酸素血症は比較的軽症で済むのに対し、後者は病巣が両側肺野の広範囲に及ぶので、低酸素血症が重篤となってしまうわけだ。

故に、現行のごとく患者の自覚症状頼みで自宅療養を促すやり方は大変危険で、患者は自宅で突然容体が悪化して呼吸不全に見舞われ、助けを求める間もなく死んでしまう可能性もある。かといって疑わしきをすべて検査し、入院させていたのでは医療資源が枯渇して医療崩壊を誘発してしまう。一旦医療崩壊が起これば、単純に酸素吸入するだけで助かる命さえも助からなくなってしまい、インフルエンザとは比較にならない勢いで身近な人が次々に亡くなる事態を招くことになる。

こうした医療崩壊は既に欧米で現実化したが、そこに実感がわかないという場合、お勧めの映画がある。感染列島という題名の邦画で、2009年公開の作品であるにも関わらず、感染爆発の起こった日本を見事に描写し、さながら予知映画の様相を呈しているので必見だ。驚くべきことに、この映画で描かれたことは、他国ではほとんどすべて実現してしまったのである。映画ではワクチンの開発により感染が収束したが、現実はどうだろうか。目下、緊急事態宣言は特効薬の大量生産とワクチン開発までの時間稼ぎに過ぎず、それらが間に合わなければ、結局は国民全員がウイルスに暴露され、自然淘汰を受けることになるだろう。

確かに医療崩壊は怖い。しかしながら、経済崩壊はもっと怖い。人が死ぬのは医療崩壊だけではないからだ。医療崩壊ばかりを騒いで経済活動を犠牲にしていると、治安の悪化や自殺者の激増を招く恐れもある。医療と経済、どちらも我々にとっては不可欠で、どちらか一方だけを優先することはできないのだ。このまま経済崩壊が進むと、その先には戦争が起こる可能性もある。何故なら、為政者の失政に対する世論の矛先をかわす手段として戦争はうってつけだからだ。言うまでもなく、戦争には経済活性化の促進剤としても用いられてきた歴史がある。映画の感染列島では最後に人々が平和な社会を取り戻したが、終わりのない現実は核兵器の使用で始まる世界大戦へと突入するのかも知れない。

<早期治療によって重症者発生の抑制を>

つい先日、ノーベル賞仏人学者であるリュック・モンタニエ氏が、新型コロナウイルスが人為的な操作を経て生まれたものであると断定した。期を同じくして、イギリスのケンブリッジ大学のピーター・フォースター博士を筆頭とする欧米の研究者グループが、新型コロナウイルスには後述する三つの系統があることを明らかにしてみせた。ジャーナリストの中には、これをもって人造ウイルス説が否定されたと考える向きもあるようだが、必ずしもそうだとは言えない。なぜなら、その研究結果ではコウモリから人への感染過程が依然として不明のままだからだ。

人造ウイルス説によれば、コロナウイルスの表面には、生物の細胞と結合するためのスパイク蛋白と呼ばれる突起物があるのだが、ここが人為的に操作されたことにより、本来ならば人への感染がなかったウイルスが人に感染するようになったのだという。先の仏人学者は、数学者の協力を得て、このスパイク蛋白のゲノム解析から、確率論的にこう結論付けたわけである。いずれにせよ、新たな宿主を獲得した武漢肺炎ウイルスは、短期間に変異を繰り返して、より住み心地の良い宿主を標的に感染し続けた。武漢ではB型、アメリカではA型、ヨーロッパではC型が流行した。
武漢では最初にA型が研究室から漏れ出たと推測されるが、このタイプはアジア人より欧米人を宿主とする傾向が強かったため、すぐには武漢で拡散しなかった。しかしながら、これがアジア人を宿主に好むB型に変異してから急速に武漢で感染が広がったわけである。一方、武漢でA型に感染した米国人が帰国後にA型を拡散したと考えられ、欧州ではB型からC型に変異したウイルスが宿主に適合して猛威をふるったとみられている。ちなみに、日本で流行しているのはB型だ。

大雑把に言ってウイルスはDNAウイルスとRNAウイルスとに分類されるが、前者は構造が安定しているため、これに対して人間は終生免疫を獲得したり、効果的なワクチンを作成して予防することが可能である一方、後者は変異のスピードが速いため、我々がこれに一度感染、治癒しても再び感染するリスクを伴う。
実は、インフルエンザウイルスや武漢肺炎ウイルスは後者であり、集団免疫を獲得して封じ込めるという現行の戦略がどの程度有効であるかは定かでない。イギリスの研究によれば、このウイルスは二週間ごとに変異を繰り返してるらしく、かつてスペイン風邪がそうであったように、流行の第一波が去っても、第二波、第三波が予想されるのだ。当然ながら、変わり身の早いウイルスに対して有効なワクチンを作るのは至難の業で、毎年ワクチンを接種しているのにインフルエンザに罹患する人々が後を絶たないのはそのせいでもある。

では感染の収束が絶望的かといえば、そうでもない。日本が開発したアビガン、ストロメクトールなどは、武漢肺炎ウイルスに対して極めて高い治療効果が期待される上、人体への安全性も大方確認済みの薬だといえる。即ち、科学技術の発達した21世紀の人類が今回の騒動を終わらせる道は自ずと限られてくる。
既に効果と安全性の両方が確立されている既存の治療薬をできるだけ早く大量生産、大量供給し、疑わしきを罰するやり方で早期治療を徹底、重症者の発生を抑制してしまうことに尽きるだろう。これにより、現在のような行動制限を早期に解除、経済活動を再開しつつ、医療崩壊を防ぐことができるはずだ。もはや一刻の猶予もないが、政府の迅速な対応に期待したい。

<どうして日本は感染者数と死者数が少ないのか>

目下、医療崩壊の危機を迎えつつあるわが国ではあるが、依然として断固たる感染封鎖措置を講じていないにもかかわらず、欧米諸国と比較して感染者数、死者数ともに、際立って少ない。一時、BCGの予防接種がその一因ではないかと噂されもしたが、明確な根拠はなかった。
やはり、日本人の衛生的な生活習慣全般にその要因があると考えられるが、とりわけ優れているのは、土足で家にあがらない習慣ではないだろうか。

基本的に、人間には免疫機能が備わっているので、ごく少数のウイルスに暴露されたぐらいではすぐに重篤な感染にはいたらない。暴露されたウイルス量が個体の免疫機能のキャパシティーを超えた段階でハイリスクとなるだけだ。要するに、国外から入ってきた感染者の多寡が国家の感染者数の動向を左右するように、暴露されたウイルス量の多寡に、個人の容体が左右されるわけである。

もとより空気中を漂うイメージの強いウイルスではあるが、室内において最もその数が多くなるのは、やはり床上だろう。靴の裏には沢山のバクテリアが付着するわけで、これはウイルスとて例外ではない。とすれば、屋根と壁に囲まれた密閉空間に、靴裏に付着したウイルスが次々と持ち込まれてくれば、屋内に漂うウイルス量が増えるのは自明の理だ。人のくしゃみや咳、排泄によって拡散された分泌物は、その多くが必ず床に落ちるからだ。

故に、もっとも恐れるべきは、人々が土足で足を踏み入れ、尚且つ空気がよどんだ場所に長時間居ることだ。そのような環境下では、大量のウイルスに暴露されてしまうので、感染が成立してしまう。あらゆる商業施設、公共交通機関、西洋型のホテルがこれに該当する一方、土足で家にあがる習慣のある国では、家の中もまた同様の危険地帯と化す。欧米諸国と日本とで、これほど感染拡大の明暗が分かれてしまったのはそのせいだろう。

今日、靴の履き替えは不潔だからという理由の下、土足で病院にあがることがトレンドになって久しい。しかし、それは欧米諸国の理屈にかぶれた人たちの勘違いに過ぎないのではないだろうか。今後、大きな病院の次に院内感染を起こすのは、土足で患者を院内に招き入れるクリニックとなるかもしれない。

<武漢肺炎感染対策>

外来で高齢者たちは皆一様に武漢肺炎ウイルスの危険に対して不安気だが、若年者はなかなか実感がわかない様子だ。これは多分、致死率の年齢的な偏りによるものだろう。
しかし、考えてもみれば高齢者は皆、今他界したとしても、既に送った70年だか80年だかの人生が保証済みの恵まれたご身分である一方、若年者はこれから数十年を無事に過ごせる保証はどこにもない不確実な立場である。

確かに、武漢肺炎ウイルスは高齢者がより致死的ではあるが、若年者も死なないわけではない。とすると、保証のある側とない側、どちらも被るデメリットは大差ないようにも思える。だから高齢者は若い人たち以上に恐れる必要はないし、逆に若い人たちにはもっと用心深くあって欲しい。繰り返すが、この際、誰もが自分がかかるかどうかを問題視するより、自分が誰かにうつしてしまわないかどうかを意識して行動することが肝要なのだ。そうでなければ、自らの手で愛する誰かの命を奪い取ってしまうことになるかもしれない。

さて、これまでの国の対応を鑑みるに、日本政府は、はじめから台湾のような感染の封じ込めを意図してこなかったとみるのが妥当だ。感染爆発を起こさぬよう、感染のピークをなだらかにして医療崩壊を防ぎつつ、最終的に皆で罹患して集団免疫を獲得しようという方針が垣間見える。しかし、せっかく日本は四方を海に囲まれた島国なのだから、早々に空路と海路の感染経路を絶って、台湾に倣った封じ込めを展開していた方が、国内の経済活動や教育活動も一定程度維持し得たように思われるのだが。

台湾の政策はその道の専門家が決める。しかし日本では、単なる地域の人気者が決めている。この違いが露骨に表れたものが、コロナ対策なのかもしれない。

<武漢肺炎ウイルスの猛威>

人造ウイルス説によれば、2015年、武漢にある生物兵器研究所で、石正麗の関わる研究者グループが、コウモリに感染するコロナウイルスから人に感染可能なウイルスを作り出したのだという。人為的な操作を加えることがなければ、そのウイルスは人間に感染する種類のものではなかったというのだ。その真偽は定かでないが、この生物研究所の近隣から広がったウイルスは世界中で猛威を振るい、多くの都市機能をマヒさせ、あらゆる経済活動を混乱の極致に陥れている。
感染しても、八割の人が無症状か軽症であるにもかかわらず、残り二割は重篤化するというこのウイルス、今後は広島、長崎に落とされた原爆を超える犠牲者を出す勢いだ。

これほど感染が拡大する理由は、感染力の強さと致死率の低さが原因だ。致死率が高ければ、感染者は人にうつす前に死んでしまうので封じ込めやすい。しかし、なまじそこが低いために、感染しても元気に動き回れる人々が感染を拡大させてしまうのだ。
東京、大阪など、発達した公共交通機関に支えられている大都市ほど感染に対して無防備となる。なぜなら、それらを封鎖すれば容易に経済破綻を招くからだ。おそらく、時間の問題で東京、大阪の感染爆発は避けがたいとみるのが妥当だろう。よって、今後は航空旅客機の運行停止、鉄道網の運用制限と都市封鎖を行い、大都市から地方都市への蔓延を防ぐ手立てを講じることが必要だ。

感染の性質上、政治が何も手を下さなければ、患者数は指数関数的に増大するので、日本であっても医療崩壊を招く可能性は高い。現在の日本における致死率の低さは国民一人一人の節度と医療のキャパシティーによって担保されているに過ぎないからだ。
重症化率を20%と考えて感染した5人のうち一人は病院での加療が必要になるわけだが、医療崩壊により病院での加療が受けられないとなれば当然致死率ははね上がる。仮に致死率が5%まで達したとすると(イタリアでは8%を超える)、感染が蔓延した場合、20人に一人が亡くなる計算だ。死ぬのは高齢者が中心だとはいえ、若年者もこれに含まれないわけではない。ウイルス拡大を野放しにするのは皆でロシアンルーレットに興じるのと同じことなのだ。
自分が死ぬのはまだ良い。しかし、愛する者が失われて自らが残されることは耐え難い。人との関りを絶った孤独な人生を歩んでいるのでなければ、この局面で泰然自若を貫くことは誰にもできない。

武漢肺炎ウイルスの一番の問題は、感染対策を強化すればするほど、あらゆる経済活動が滞り、ウイルスで死ぬことがなくとも、食べていくためのお金が底をついて死んでしまう可能性があることだ。政治にはこの種の葛藤がつきもので、あちらを立てればこちらが立たずという具合に、最大多数の最大幸福を満たす解を求めるのは困難を極める。政権には難しい選択が迫られることになるが、既にある失敗例に学び、同じ轍をふまぬように善処してくれることを願わずにはいられない。おそらく、この騒動は有効性の高いワクチンが普及するか、国民全体が集団免疫を獲得するまでは終わらないことだろう。それまでの間、我々一人一人が感染者のつもりで他人にうつさないような行動を心掛けるべきなのだ。

<バドミントン選手はいかにして筋肉を鍛えるべきか>

■速筋繊維と遅筋繊維
筋肉を増やすには、いわゆる速筋繊維を鍛えるのが効果的であるという理屈で、10RM(Repetition Maximum)10回で限界を迎えるような負荷強度で3セット程度の筋トレを行うのが良いというのが、現在の標準的な考え方なのだという。
筋繊維には速筋繊維と遅筋繊維とあり、前者は酸素を必要とせずに収縮し、瞬発力に優れているが疲れやすいという特質を有している一方、後者は収縮に酸素を必要として持久力に優れているが瞬発力に欠けるという特質を有している。

■筋トレは競技別に異なるはず
確かに、速筋繊維に特化したトレーニング方法は、筋肉を増やすという目的には適っているかもしれないが、競技によっては、必ずしも有益だとはいえない場合がある。例えば、重量挙げの選手のような肉体をつくっても、バドミントンのような俊敏性と持久力の両方を要する競技には不適切というわけだ。つまり、速筋繊維を鍛えて起こる現象と遅筋繊維を鍛えて起こる現象とを引き比べて、競技の特質に適したトレーニング内容を考えた方が良さそうだ。

■速筋繊維を鍛えるということ
そもそも筋肉を増やすとはどういうことかといえば、筋繊維の中でアクチン、ミオシンたんぱくが合成されて、筋繊維自体が太くなることだと考えられてきた。このタンパク質は、細胞の核の中にあるリボゾームと呼ばれる工場で、遺伝情報を元に生成されるので、筋肉細胞の核が多いほど、即ち筋繊維が多いほどたくさんのタンパク質が合成される。
しかしながら、筋繊維は、皮膚や骨の細胞とは異なり、細胞分裂して数を増やすことがないため、トレーニングでは筋繊維の数は増えない、即ち、その数の多寡は遺伝的な素因によるところが大きいと考えられてきた。ところが、最近の研究によると、そうでもないらしい。

■トレーニングで筋線維は増える
トレーニングによって筋繊維に微小な傷がつくと、その周囲にあるサテライト細胞が細胞分裂を起こして増殖し、増殖したサテライト細胞同士が融合することで新たな筋繊維ができあがるというのだ。また、増殖したサテライト細胞が損傷した筋繊維に融合する現象も認められるのだという。これにより、筋繊維はトレーニングによって核の数、筋繊維自体の数を増やすことができる。
こうした現象は、速筋繊維で起こりやすいため、速筋繊維を鍛えることが筋肉を効率よく増やすことができるという理屈につながるわけである。

■遅筋繊維を鍛えるということ
一方、遅筋繊維を鍛えることにはどのような意味があるのだろうか。確かに、比較的容易にできる負荷の小さいトレーニングでは、筋肉量の増加は見込めないが、遅筋繊維を反復して使うと細胞内のミトコンドリアが増えることがわかっている。ミトコンドリアは、細胞の中にあってATPと呼ばれるエネルギーをつくる装置である。故に、たくさんのATPがあると、ATPを使って収縮、弛緩を繰り返す筋細胞は長時間疲れずに動くことができるので、ミトコンドリアが増えることで持久力が上がるというわけである。
ミトコンドリアが増えるメカニズムは、筋肉の飢餓状態と関係している。筋肉を反復して使うことで筋肉内のATPが消費されて細胞が飢餓状態におかれると、核にある遺伝子が働きはじめ、ミトコンドリアを形成する成分が合成され、現存するミトコンドリアにこれが付加されてミトコンドリアの体積が増える。この現象を引き起こすのに効果的なトレーニングこそ、適度な有酸素運動で、これは遅筋繊維を鍛えることに相当する。

■ミトコンドリアを増やすトレーニングを
以上より、バドミントンでは長時間素早く動く必要があるので、筋繊維のミトコンドリアを増やすことが目的にかなっているはずだ。であるなら、冒頭に紹介した10回の反復で限界に達してしまうような負荷強度のトレーニングは不適切だということができるだろう。いたずらに筋力の絶対値を上げるより、素早く動けて尚且つ持久力の高い筋繊維を獲得することの方が、最大筋力を上げるよりも有用だと考えられる。即ち、負荷強度を低くしてできる回数のセット数を多くしたトレーニングが有用だといえるだろう。

参考:科学雑誌Newton別冊「筋肉の科学知識」

<イップスの原因と対策>

■始動時に起こるイップス
スポーツをたしなむ者は、競技経験が長くなるに伴い、イップスと呼ばれる競技動作の感覚の消失を経験することがある。バドミントンであれば、サーブのような始動時に発症することが多くなる。経験の長い競技者であればあるほど、サーブは無意識かつ感覚的に打っているものであるため、イップスを発症すると厄介だ。筆者も数年前からイップスを患っていたおかげでイップスに対する理解が深まった。

■イップスとは何か
イップスという現象は、大脳生理学的にいえば、左脳(言語・論理を司る)からの過剰な電気的信号による脊髄神経伝導路の寡占状態が原因だといえるだろう。過去の失敗経験に基づき、失敗を避けようとする意識が強く働くことで左脳が異常興奮し、そこからの電気的信号で脊髄の神経伝導路が塞がってしまい、右脳(イメージ、空間認識を司る)からのスイング・イメージが上手く手足に伝わらなくなってしまうために起こる現象だと解釈され得る。このために、イップスが始まると、スイング・イメージが全くわかなくなってしまう。経験豊富な競技者ほどイップスを生じるのは、失敗経験も豊富であるために、ミスを避けようとする意識が過剰に働くこと が原因だといえるだろう。また、そう考えると、理論上、イップスは右利きに起こりやすい現象で、左利きや両利き、あるいは右投げ左打ちの野球選手には起こりにくい現象だといえるかもしれない。実際、大成したアスリートほど両利きに通じる素因を持っている例には枚挙にいとまがない。

■イップスの対処法
よって、イップスを軽減せしめるには右脳からの神経伝導路の確保が課題となる。そして、右脳からの電気的信号を十分に手足に伝えるためには、左手の動きを強く意識することが重要だ。左手の動きは主に右脳でコントロールされているので、左手を意識することで、左脳からの電気的信号で寡占状態となった神経伝導路を無理やりこじ開けて、右脳からの信号を通す道筋ができるという寸法だ。よって、左手を用いた簡単な手癖をサーブまでのルーティンに取り入れるのも良いし、左手にブレスレットなどアクセサリーをつけて、否応なくそこを意識させるというのも一つの手である。それらと並行して普段から左手でラケットを扱う練習をする、あるいは左利きのフットワークを練習するのも効果的だ。

■イップスは心の弱さなのか
そもそも、イップスは心の脆弱さを意味する現象ではなく、失敗を避けようとする強い希求から生じる脳の異常反応で、モティベーションの高さが原因だともいえる。故に、イップスを起こさない選手はいないといってよい。選手は皆、試合中に大なり小なりイップスに近い感覚を生じていて、無意識の選択によって傷口を小さく保っているに過ぎない。要は程度の問題で、問題が重症化して初めて、難治性であることを思い知るだけなのだ。しかしながら、左手を意識してから動作に入ると、失ったイメージがわきやすくなる。失敗経験の蓄積がイップスを発症せしめるので、イップスをコントロールし得た成功体験を積み重ねることで、発症以前と同等に傷口を小さくできるようになるのだ。

■ イップスのコントロール
即ち、イップスを発症する精神状態を受け入れた上で、いかにしてそれをコントロールするのかを考えることが重要で、これを克服しようなどと気負ってはいけない。なぜなら、イップスを発症しないメンタルなどあり得ないからだ。それは、風邪をひかない体を手に入れることが難しいことと似ているかもしれない。肺炎を起こさない程度に風邪をひくがごとく、敗因とならない程度にイップスをコントロールすることが肝要だといえるだろう。

<ジュニアのハイバック指導について>

■ある疑問
最近、ジュニア世代のバドミントンのコーチングに携わる機会があって、疑問に思うことがあった。それは、バック奥に追い込まれたショットに対してハイバックショットを打たないよう指導する伝統的な躾についてだ。
実戦では、ハイバックで処理する場面は必ず訪れる。なぜなら、相手はそのように配球して攻めてくるからだ。その理由は、まさにハイバックで攻撃的な返球をすることが困難であるからに他ならない。要するに、ハイバックはそれだけ難易度の高いショットなのだ。

■ハイバックを制限する理由
では、何故実戦で必須となる技術であるにもかかわらず、ハイバックを制限する指導が行われるのかといえば、理由は大きく三つあるだろう。
第一の理由は、回り込んで打った方が攻撃のバリエーションが増えるからというもの。
第二の理由は、指導する側の印象として、バック奥の球をハイバックで返球する様は楽をしているように見えるということ。
最後に、最初に習うフットワークが、ラウンドからのオーバーヘッドストロークを前提としている都合上、バックハンドで処理してしまうと練習にならないということが挙げられるだろう。

■反例
しかしながら、いずれの理由も、ジュニアのハイバックを制限する根拠として薄弱な感が否めない。回り込んだ方が攻撃的であるという発想は、ハイバックが難しいショットであることが前提である。もし、これがフォアハンド同様、自在に打てるのであれば、攻撃のバリエーションを損なうことはないばかりか、華麗なハイバックショットは、それだけで相手を幻惑する攻撃的なショットとなり得る。最たる実例としてはインドネシアのヒダヤット選手のそれを挙げることができるだろう。

■練習の意義と至適時期
また、ハイバックは楽をしているから駄目だというのは、根底に、しんどい訓練こそが練習だ、という指導者側の思い込みがあるのではないだろうか。見た目通り、ハイバックで返球する方が、身体的な負担は軽くて済む。これは即ち、実戦ではハイバックを多用できた方が、体力の損耗を防ぐことができるという利点を表しているのだ。そもそも、練習とは、できないことをできるようにするために行うものだ。故に、ハイバックで自在に球を扱うことが高等技術であるなら、寧ろそれを積極的にジュニアから練習した方が良いはずだ。それは、高等技術であればあるほど、その習得は年齢的に早い段階の方が良いという医学的事実に基づいている。もともと体に負担の大きい練習は、骨端線の閉鎖後から積極的に行うのが理想的であり、それ以前となる脳神経の発達の旺盛なジュニア時代には、肉体的な負担の少ない高等技術の会得をこそ目指すべきなのである。

■ハイバックの利点
実際、バドミントンの開始年齢が早い選手ほど、成長とともにハイバックを巧みに使いこなし、試合では体力を温存してトーナメントを駆け上がることが容易になる一方、開始年齢が遅い選手ほど、ラウンドからの攻撃を多用せざるを得なくなる様を見かける。この、「多用せざるを得ない」という事実が重要であり、ハイバックの会得がもたつくと、球種の引き出しが少なくなって体力的に不利になるのだ。
結果、身体能力が同定度の選手で比較すれば、ラウンドからの攻撃の多い選手は、怪我をする機会が多くなってしまうし、トーナメントの終盤ではプレーの精彩を欠くことも少なくないといえるだろう。

■ハイバックのためのフットワークを
つまり、ジュニアのハイバックを制限する理由として、わずかばかり妥当性があると考えられるのは、フットワークの練習にならないということぐらいだ。だが、これはそもそも、ハイバックを軽視した発想だといえる。本当は、ハイバックで処理するためのフットワークも合わせて練習すれば良いだけの話なのだ。

■指導者はいかにあるべきか
ジュニアの指導者が最も注意すべきことは、子供たちのもつポテンシャルを妨げないこと、怪我をさせないことだ。しかるに、ハイバックを打たせない指導をとることは、潜在能力の発揮を妨げることに通じるだけでなく、身体的な負担をかけて無用な怪我を助長せしめ、将来の可能性を摘んでしまう結果をももたらしかねない。

■根拠なき指導
総じて、ジュニアのハイバックを制限する指導の優位性には根拠がない。ただあるのは、過去の指導者がそういう指導を行ってきたという伝統だけだ。もし、その優位性を主張するのであれば、ハイバックの練習を抑制した群と、積極的に行った群とで、10年の歳月を費やした前向き研究が必要なのだ。スポーツ医学的に考えれば、ハイバックを早期から積極的に練習した群は、怪我も少なく、高度な技術を使いこなして結果を残すと予想されるのである。

■悪しき伝統の放逐を
過去の指導者が伝統に基づいて行ってきた指導には過ちが沢山ある。その最たるものは練習中に水分摂取を制限することだろう。これは医学的な前向き研究によってその妥当性が完全に否定されたが、その由来は飲まず食わずで戦える兵士を養成するための訓練が学校体育に移植されただけの話だった。これは無批判に伝統を受け入れることにはリスクがあるという好例である。今すぐに結論を出すことはできないかもしれないが、ジュニアのハイバック指導については、各々の指導者が、あらためて再考すべき時ではないだろうか。

<アスリートの救済④肩痛>

■アスリートの肩痛
野球やバレーボール、バドミントンやテニスの競技者の患う肩のトラブルは、それらの競技における肩肘の用い方に共通点があるため、その病態生理も似通ったものとなることが多い。
ここでは、アスリートの肩痛の中でも、柔道などの直達外力で起こる損傷ではないものについて、病態生理と治療法を詳述してみる。

■肩関節の特質
肩関節は他の関節に比べて可動域が広い分、不安定な特質を有している。このため、力学的な負担に対して安定を保てる肢位が限定されている一方、構造上、上腕骨頭の広範な動きに対する空間的な余裕もなく窮屈にできている。
肩甲骨から伸びた4つの筋肉(棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋)が腱性となって上腕骨頭を包み込むように停止しているのが腱板で、この腱板の構成成分に弛緩不全を生じると、動作時に上腕骨頭が至適軌道から微妙にずれてしまうと考えられる。いずれも軽微な変化には違いないが、窮屈な構造の中にあってはインピンジメントを生じる原因となるというわけである。

■インピンジメントとは
インピンジメントとは、簡単にいえば上腕骨頭と、その周囲の壁との間に腱板や滑液包などが挟み込まれる病態を指す。肩甲骨側の壁は関節窩となるので、上腕骨頭と後方関節窩の間に関節包が挟まるインピンジメントは関節内にあってinternal impingementと呼ばれる。それ以外の壁は関節外となるのでexternal impingementと呼ばれ、前方の壁は烏口肩峰靭帯でcoracoid impingementを生じ、上方の壁は肩峰でsubacromial impingementを生じる。
スポーツをしていると、肩の動作時に「ひっかかる感じ」として急性一過性のインピンジメント症状を経験することがあるが、肩の動的ストレッチで即座に症状軽快することから、インピンジメントは肩の使い方だけの問題ではなく、腱板構成成分の弛緩不全で生じると推論されるのだ。
もとより、アスリートの肩痛も五十肩も、肩腱板構成成分の弛緩不全に端を発した腱板炎であるという点で共通している。ただ、アスリートの場合はover useで、五十肩はdisuseで生じるということが大きな違いだろう。

■真の原因は腸腰筋の慢性疲労にあり
アスリートの肩痛と五十肩のもう一つの違いは、前者の場合、肩腱板は被害者のようなもので、真の原因は腸腰筋の慢性疲労にあることが多いという点だ。即ち、腸腰筋に生じた筋肉の慢性弛緩不全こそが、肩を患う原因なのである。そのメカニズムに関しては以下のごとくで、バドミントン選手を例にとって詳述してみる。

①腸腰筋の慢性疲労(弛緩不全)により、ショットに力が乗らなくなる
②上体の動きでショットに力を与えようとする
③上体の開きが早くなる
④インパクト時における肩甲骨と上腕骨のなすべき適切な角度が崩れて広がってしまう(肩甲骨の関節面は35度前方を向いているので、上腕骨と前額面のなす角度は145度が至適角度)
⑤腱板を構成する筋肉に加わる力学的なエネルギーの不均衡を生じる
⑥腱板を構成する筋肉の局所に偏った慢性疲労(多くは肩甲下筋や棘上筋の弛緩不全)を生じ、インピンジメントの原因となる
⑦筋肉の弛緩不全による腱板への過剰な牽引負荷とインピンジメントの両方で腱板損傷に至る

という具合だ。これは野球選手やテニスプレーヤーにおいても同様の考察があてはまることだろう。
じわじわと時間をかけて①から⑦へと進行していくので、競技者本人には原因がわかりにくいといえる。このため、治療は腸腰筋の弛緩不全の解消、腱板を構成する筋肉群の弛緩不全の解消、適切なインパクトを行うフォームの再教育の三本柱で行うことになる。
フォームに関しては、インパクト直前に一瞬上体の動きを止めることでその開きを抑え、利き手と反対側の肩がインパクト時に後方へ流れるのを防ぐよう矯正する。具体的には利き手と反対側の上肢を抱え込むような仕草を意識して取り入れることである。

■競技初心者の肩痛
競技初心者の場合、単純に肩の使い方が不適切でインピンジメントを生じていることがほとんどだ。オーバーヘッドストロークにおける肘の位置が高すぎる場合などがそれだ。「耳の横から肘を通せ」という伝統的な指導を忠実に行うことで生じるケースが多いが、実際のフォームでは、正面から見て肘の高さは両肩を結ぶ直線の延長上にあるのが正しい。即ち、打点を高くする場合、利き手の反対側の肩を低く落とす必要があるのだ。
このため、左肩を落とすことなく右肘を耳の横から通そうとすると、肘関節が至適位置から外れて肩関節は不安定となり、インパクト時の衝撃を十分に受け止めることができなくなってしまう。
故に、肘の高さを正面から見て両肩を結ぶ直線の延長上におき、上腕骨と前額面のなす145°の角度を保ったフォームでインパクトを行う必要がある。実は、この両肩と肘関節の位置関係は、サイドアームストロークでもアンダーハンドストロークでも変わらない。前者では利き手の反対側の肩の高さが利き手側と同じになり、後者ではそれより高くなるだけだ。野球なら、内野手の投げ方はサイドアームストロークにおける肩、肘の使い方と同じで、投手の場合、上手投げはオーバーヘッドストローク、下手投げはアンダーハンドストロークにおける肩、肘の使い方と等しくなる。

■整形外科学の盲点
残念ながら、筋肉の慢性弛緩不全が病気を生ずるという概念が今日の整形外科学に存在しないため、かくのごとき視点で治療にあたる整形外科医は少なく、大抵はステロイド関節腔内注射による対症療法と安静指示で終わってしまいがちだ。しかしながら、原因となっている筋肉の慢性弛緩不全を解消することなく安静を継続しても完治はせず、症状を繰り返すだけである。
原因を解消した上で組織の修復を促すのが本当の治療であり、そのためには股関節や肩関節におけるMedical Dynamic Stretchingが必要不可欠なのだ。

<無意識の刺激>

■推論
筋肉が弛緩不全を起こし、その状態が持続することで整形外科の病気を発症するという理屈を説きはじめた頃、弛緩不全にいたる原因について、頻回の酷使による疲労性と、逆に長時間同一姿勢を継続することで生じる廃用性があると考え、慢性的な脱水や寒冷刺激、あるいは精神的ストレスや喫煙習慣が、その状況に拍車をかけるものと推論していた。

■脳の機能不全
この7年間で、それらの推論は概ね正しかったことが確認できた。そして、弛緩不全の原因は、いずれも患者本人には自覚のないことが共通していた。例えば、慢性的な脱水状態や、寒冷刺激は、どちらも患者本人には自覚がなかったのである。それは、口渇や、暑さ、寒さを感じる脳の機能不全が関係しているものと考えられた。

■無意識の寒冷刺激
小児や高齢者では、脱水でも喉が渇かず、寒い環境にいても、寒いと感じない。この故に、筋組織内脱水を呈することは勿論、無意識のうちに長時間の寒冷刺激にさらされることで、肉体は体温を維持しようとして筋肉を収縮させ、そこに弛緩不全を生じてしまうのだ。秋ごろの発症で冬季に治りかけていた多くの患者が、寒気の到来とともに足並みをそろえて症状を増悪させたため、この寒冷刺激の存在を意識せざるを得なかったのである。

■無意識のストレス
この他、神経伝達それ自体の機能不全によって、収縮した筋肉を弛緩に転ずることがうまくできない現象も確認できた。小児では未発達故に、高齢者では機能衰退の故にである。子供も老人も、体の力を抜くことが上手にできないのだ。おそらく、今後は無意識の精神的ストレスで筋肉に弛緩不全を生じている症例を蓄積させていくことになるのだろう。

<健康になりたければ>

■堕落のわけ
さて、かくある経営コンサルタントが病院に入ってきた理由は、当時、医療費高騰の名のもとに、苛烈な医療費削減が行われていたからだ。20年以上前から、医療費が日本の財政を食い潰すという危機感を煽った一人の厚労省役人の発想に従い、国は無分別に医療費を削減してきた。同じころから米国の保険会社のコマーシャルをテレビでみかけることが多くなり、医療業界では国民皆保険の存続が危ぶまれる声をきくこともまた多くなっていた。即ち、国政の故に病院は商店へと堕落せざるを得なかったのである。

■過剰な医療
しかしながら、実際問題、この医療費高騰論にはほとんど根拠がなく、後に、過剰な医療費削減の実態が明らかとされるに至った。とはいえ、一度堕落してしまった医療業界は、商魂たくましく利益を追求する性癖を手放せなくなっていたのだ。この故に、本来、高齢者にはできるだけ自然な形で天寿を全うできる簡素な医療を提案すれば良いものを、過剰に手を加えて利益に還元しようとするわけである。死に至る自然な過程を病気に見立ててしまえば、どんな治療もまかり通ってしまう。皮肉なことに、国が医療費削減を進めた結果、医療費の無用な肥大化を招いてしまったのだ。それが証拠に、過剰な医療を施さない北欧に寝たきり老人はいない。寝たきりになるずっと以前に旅立てるからだ。寝たきり老人がいなければ、その分医療費も安く上がる。そもそも、歩けなくなった老人を無理やり歩かせる必要もなく、食べなくなった老人を無理やり食べさせる必要もないのだ。それらは皆、死に赴くのに必要な過程の一つに過ぎないのだから。

■稼ぎになる治療
整形外科学においては、手術適応という考え方がある。特定の疾患に対し、患者本人の年齢、職業、社会的背景などに応じて、手術の必要、不必要を判断するのだ。だが、大病院においてはこの手術適応が拡大する傾向が生じる。理由は簡単。手術を行った方が稼ぎになるからだ。かつて、米国で悪名高いロボトミー手術が盛んにおこなわれた経緯も、理由はそこにあった。
もとより、患者は誰もが皆、手術を受けたくて受けるわけではない。それ以外に治る見込みがないと医者に言われるから仕方なくするだけだ。本当は生活を正しさえすれば、時間をかけるだけで自然治癒力が働き、何もしなくて良い場合が多々あるにもかかわらずだ。けれども、それでは稼ぎにならないから、無用な治療が次々と施されるのである。

■AIの提案
つい最近、AIからなされた提言は大変興味深いものだった。
「健康になりたければ病院を減らせ」であったという。

<患者様とお医者様>

■患者さんから患者様へ
かつて勤務医時代のある時、接遇改善と称し、患者を様付けで呼ぶよう病院から指導があった。おそらくは浅はかな経営コンサルタントの指南に基づく要請だったのだろう。同じ頃からお医者様という言葉もまた、死語になったような気がするが、当時から今に至るまで、そういう風習には大反対だ。確かに、患者の側は、様付けで呼ばれれば悪い気はしないのかもしれない。しかし、この風習は患者にも病院にも悪しき勘違いをもたらすことになると思ったものだ。

■勘違いする患者様
「お金を払って治療を受けているのに、治らないとは何事か」と、まるで病気が治らないことを医者のせいであるかのように怒り出す患者「様」がたまにいる。そういう手合いほど、外来で待たされれば文句を垂れ、医者の指導にも非協力的で、病院をころころと自分勝手に変えては病気を悪化させていく。要するに、患者の様付けは、もともと勘違いしやすい輩を勘違いさせてしまうのに役立つだけなのだ。

■患者様はお客様
一方、様付けの悪影響は患者の側のみにとどまらない。病院が患者を様付けで呼ぶことによって、患者のことを、儲けをもたらすお客様として扱うようになる。これがなぜ問題であるかといえば、お客様を相手にする医者は、患者にできるだけ肉体的、経済的負担をかけないよう治すことを目的とするのではなく、患者の負担など二の次三の次、できるだけ稼ぎになる治療を施すことを目的とするようになるからだ。

■甘やかされる患者様
実際、これは現在の病院のあり方に大なり小なり反映されているといってよい。保険で許される範囲内で稼ぎにすることが目的に据えられるので、儲けにつながる患者は手厚くもてなされるが、そうでない患者はすぐにお払い箱というわけだ。日本の医療制度がそれに拍車をかけている現実もある。
かくして医者の頭の中は、どれだけ効率よく治療費を患者からふんだくれるかという発想が支配的となっていく。
この故に、生活習慣や受診態度について、本来ならば医者に厳しく叱責されるべき患者が甘やかされ、金づるとして珍重される事態を生ずるのだ。だが、それは結局、患者のためにならないのである。

■お医者様の不在
元より患者は医者を頼っている立場で、医者は患者に頼られているという責任を負っている立場だ。なるほど商売において、お客様は神様なのかもしれないが、医療においては、医者の側が神様の代理人としての責任を負うのである。ところが、患者を患者様と呼ばせる風習は、この責任の所在を曖昧にしてしまい、病院をして聖域から商店へと堕落させる。患者は、患者様ではなく、患者さんだ。そして医者は、お医者様として、全力で神様を演じなければならない存在なのだ。

<Medical Dynamic Stretchingの実際⑨足関節と趾>

■予防と治療を兼ねるMDS
Medical Dynamic Stretchingを治療に用い始めて7年余り。子供の骨端症、アスリートのスポーツ障害、成人の変形性関節症と、年齢を問わず、また、疲労性、廃用性の別なく、それらの治療においてMDSには明確な効果を認めることができた。この事実が、とりもなおさず整形外科の慢性疾患は、おしなべて筋肉の慢性弛緩不全に由来するという証だろう。
さらにいえば、MDSは治療に有効であるだけでなく、怪我の予防法としても有用であると考えられた。
例えば、アキレス腱断裂には腓腹筋とヒラメ筋の弛緩不全が先行しており、それらの弛緩不全をMDSでコントロールできていれば、防ぎ得る怪我だというわけである。また、膝前十字靭帯損傷なら、腸腰筋や大腿、及び下腿筋群の弛緩不全がメンテナンスできてさえいれば、これまた防ぎ得る怪我だと考えられた。

■怪我の原因は不運にあらず
経験上、外来でよく診る足関節捻挫の類もまた、患者の不運によって起こっているのではなく、下腿筋群の弛緩不全が誘因となって受傷している印象がぬぐえない。弛緩不全の故、瞬時に適切な回避行動をとることが難しくなっているのではないだろうか。実際、足関節外側靭帯を損傷する子供は、手術による加療を行ったとしても同様の怪我を繰り返すので、手術自体に意味を見出せない場合がある。
こうした怪我に対し、MDSによる予防効果を統計学的に証明するのは難しいが、ここでは、下腿部において患うことの多い怪我や骨端症、慢性疾患の類の治療に効果を認めた足関節と足趾におけるMDSの実際を詳述する。

■他動的に行うMDS
治療家によって他動的に施術する場合、術者の右側に患者の両足が向くよう患者を仰臥位で寝かせ、患者の足関節直下に小枕を敷く。この状態で患者には脱力を促しつつ、術者は左手で患者の下腿部にある筋肉群のこわばりを確認しながら、右手で患者の足のMTP関節をつまんで小刻みに繰り返し足関節を底背屈させる。リズムは3ヘルツ程度。可動域を目いっぱい使うのではなく、半分程度の可動域で行うだけで良い。
100回も行えば下腿筋群は弛緩するので、腓骨筋腱炎、舟状骨の後脛骨筋腱付着部炎、有痛性外脛骨症、足背の前脛骨筋付着部炎、アキレス腱炎、及び踵骨のアキレス腱付着部炎などに奏功する上、ギプスによる足関節の外固定後のリハビリとしても有用だ。次に、左手で患者の足を把持し、右手で患者の足趾をひっかけるように底背屈させる運動を繰り返し100回程度行うと、足底の筋肉群をも弛緩させることができる。これを先の運動とあわせて行うと、セーバー病や足底腱膜炎、フライバーグ病などにも有効だ。リズムは同じく3ヘルツ程度が望ましい。
実際、筋組織内脱水を認めない患者にこれらを施術した場合、その効果があまりに絶大であるため、「まるで魔法のようだ」という感想を頂戴することもしばしばだ。

■独力で行うMDS
一方、患者が独力でMDSを行う場合、両足底を床につけた状態で椅子に腰かけ、膝関節90度屈曲位から少し足を前に出した位置で、踵を支点にしてつま先を二センチ程度小刻みに上下させる。底屈時には、つま先が床につくよう脱力する必要がある。リズムは3ヘルツ以上。連続して行うと、前脛骨筋が硬化してくるので、そうなる前に踵の位置を膝関節屈曲90度に戻し、この位置でつま先を支点にして踵を2センチ程度小刻みに上下させる。これも必ず踵が床につくよう脱力して行うのがポイントだ。どちらも貧乏ゆすりの要領で脱力を意識しながら、互いを数十回ずつ交互に繰り返し行う。前者は下腿屈筋群を弛緩させ、後者は前脛骨筋を弛緩させる。
次に、椅子に腰かけた姿勢のまま膝を伸展し、踵を床につけて足趾を連続して底背屈させると、足底の筋肉群を弛緩させることができる。この運動に加え、足趾を内外転させる運動を行うと、中足骨と中足骨の間にある骨間筋を弛緩させられるので、モートン病にも有効だ。足趾の底背屈と内外転も十回ずつセットで行うと良い。内外転は自動運動が困難な場合、自分の手指を用いて他動的に行っても良い。
この方法は、進行性の外反母趾にも効果があったが、行った回数に効果が比例するので、一日に数百回以上、行う必要がある。

■神経伝達機能の活性化
上記に加え、足関節を支点にしてつま先を時計回り、反時計回りに回転する自動運動を十回ずつ交互に行うと、下腿筋群の神経伝達機能の改善につながり、筋肉の協調運動が滑らかになって、足関節捻挫の予防につながる。ただし、慣れない間は力が入って弛緩不全を生じてしまう場合もあるので、最初は少ない回数で始めた方が良い。筆者は足関節外側靭帯損傷後、靭帯の癒合を得た患者については、受傷後6週から、徐々にこの運動を加えるよう勧めている。そもそも、子供たちにこの運動をさせると、動きがぎこちなくなってしまうケースが多い。つまり、子供たちは神経伝達機能の発達が未熟であるため、下腿に弛緩不全を生じやすいのである。
実際、これらのテクニックを空手道場の師範に伝授したところ、道場の子供たちの足のトラブルが激減したという報告を受けた。筆者自身は、学生時代の足関節捻挫後から続く運動時のテーピング生活を、これらのMDSによって卒業できたという次第だ。

■課題
MDSを行うようになってからの症例は5千を超えた。この間、期待された割に結果が今一つというケースもわずかながら存在したが、顎関節症を含め、理論上、効果の予想された、ありとあらゆる整形外科疾患で概ねMDSは有効だった。
また、MDSは交通外傷後の治療にも有用で、ムチウチと呼ばれる頚椎捻挫の類は頚椎周囲の筋肉に弛緩不全を生じていることが難治化の要因になると考えられた(交通外傷の患者の場合、MDSを指導しても、まじめに取り組まない患者が多かったのだが)。
当然、交通外傷に限らず、他の外傷や術後においても、リハビリの一環としてMDSは有効だったが、高齢者では患者本人がMDSの正しい方法を会得するのに困難が伴うだけでなく、会得できたとしても、短期間で違うことをし始めるので、頻回の通院指導が必要だった。
とはいえ、この方法が広く世間に知られるようになれば、アスリートの多くが選手寿命を延ばせるであろうし、整形外科手術のご厄介にならずに済む患者が増え、将来の医療費削減につながるに違いない。
もっとも、そのためには今日の整形外科学が、自らの過ちに気づく必要があるだろう。
せっかくMDSによって治りかけていたにもかかわらず、テレビの健康番組の影響で筋力強化を行い、症状を増悪させる症例が後を絶たないからだ。

<症例提示③>

24歳女性 事務職 

S)1週間前から背部痛あり、徐々に増悪してきたため当院受診。

O)胸椎部の棘突起直上に痛みがあり、圧痛並びに叩打痛を認めた。
上体前屈で疼痛増強。
第一肋間に圧痛を認めたが全身の圧痛は軽微。
腸腰筋に筋硬直を認めるが圧痛無し。
仕事で長時間座位を続ける。
体重51㎏。水分摂取は1~1.5リットル。
カフェイン摂取は緑茶500ml以上(水筒に入れて毎日飲む)。
レ線所見にて胸椎に明らかな異常を認めず。
平背傾向。
腸腰筋を弛緩させるMedical Dynamic Stretchingを行うと、背部痛は直ちに三分の一程度に治まった。

A)慢性脱水症があり、長時間座位を継続することで腸腰筋、及び広背筋に弛緩不全を生じ、その結果生じた力学的負担が高じて胸椎レベルの棘上靭帯に炎症を来したもの。腸腰筋の弛緩不全は廃用性で、棘上靭帯にかかる力学的負担は牽引負荷だと考えられた。

P)水分摂取とカフェイン制限、及びMDSの励行を勧めた。投薬は無し。

初診から5日目。
第一肋間の圧痛及び背部痛は消失した。

本症例も、筋肉の弛緩不全や慢性脱水の概念を持たない医者が診れば、MRIを撮っても明らかな異常が認められず、ただ闇雲に消炎鎮痛剤が処方され、原因不明の背部痛として扱われていた可能性が高かったことだろう。

<症例提示②>

70歳女性 無職 高血圧症にて近医通院中。

S)10年以上慢性的に腰痛があるが、6週間前から誘因なく腰痛及び右臀部痛が増強し当院受診。
両手指に変形があり、変形性CM関節症、ヘバーデン結節、ブシャール結節にて大学病院通院加療中。

O)初診時、第一肋間に著明な圧痛。全身に線維筋痛症の診断基準を満たす圧痛を認めた。
体重48㎏。一日水分摂取量は1リットル未満。
カフェイン摂取は一日当たりコーヒー二杯、紅茶二杯、緑茶三杯。
脊柱に叩打痛を認めず、SLRテストは陰性。
鼠蹊部の腸腰筋領域に圧痛と筋硬直を認めた。
腸腰筋の弛緩を促すMedical Dynamic Stretchingで腰痛増強傾向あり、即座にこれを中止した。
レ線上は側弯症及び変形性腰椎症の所見。手指には複数の変形性関節症所見を認めた。

A)腸腰筋及び殿筋の弛緩不全による変形性腰椎症の一時的増悪。手指の変形性関節症及び慢性脱水症。
高血圧治療薬の副作用やカフェインの過剰摂取による慢性脱水症で全身の筋肉に弛緩不全を生じており、この結果、腰椎や手指に関節破壊が進んでいるものと考えられた。
腰痛増悪の原因は季節変化に伴う寒冷刺激が弛緩不全を助長したためであると考えられた。

P)カフェインの制限、血圧に注意し乍らの一日1500ml以上の水分摂取を勧めた。
テルネリン1錠眠前内服、アリナミンF朝食、夕食後1錠内服、ノイロトロピン朝食、夕食後2錠内服を処方した。

初診から三日目。
第一肋間、及び全身の圧痛は消失。
外来で腸腰筋及び前腕筋群のMDSを施行したところ、腰痛は初診時比較で二割六分、手指の痛みは三割まで軽減した。MDSを自宅で励行、継続するよう指導した。

初診から七日目。
腰痛はほぼ消失、初診時比較で一割未満となり、十年以上続く手指の関節痛は一割五分となった。

この女性はインテリジェンスが高く、MDSを少ない受診回数で正確に再現できた稀有な症例であった。
実のところ、高齢者ではMDSを再現できずに間違ったやり方で症状を増悪させる場合もある。また、水分摂取が目標量に届かない場合や、患者がMDSを十分に行わない場合にも、これほどの治療効果は得られない。
しかしながら、この症例のごとく、患者自身が理論と方法の正しい理解を得、MDSを正確に再現できさえすれば、ほとんど鎮痛薬の類を必要とせず、自ら症状をコントロールすることができるのである。
この症例は、慢性脱水と筋肉の慢性弛緩不全という概念を持たない整形外科医が治療にあたれば、例えそれが大学病院のエキスパートであっても、ありふれた慢性疾患でさえ、難治性となってしまう場合がある好例だといえるだろう。
へバーデン結節は、よく言われる女性ホルモン低下などとは全く関係がなく、前腕の筋肉群の弛緩不全が引き起こす変形性関節症に過ぎないのだ。

<症例提示①>

29歳女性 調理師
前医の紹介で当院受診。

S)五か月前より右上肢全体に痛みとしびれがあり、前医を受診するも症状は悪化傾向。
症状増悪時は箸が使えないほど右手に震えが生じる。
ADL: 鍋が持てない。箸の扱いに支障が出る。

O)初診時、右上肢に明らかな腱反射の異常や病的反射を認めず、上腕、及び前腕筋には圧痛と硬直あり。
肘関節伸展、手指伸展位で手指の震えを認めた。
第一肋間に著明な圧痛、同時に線維筋痛症の診断基準を満たす全身の著明な圧痛を認めた。
Thomsen テスト陽性。
体重75㎏。水分摂取量は一日2000ml以上で、水分摂取には気を付けている。
カフェインの摂取は、ほうじ茶が一杯程度。
仕事では重い鍋とPCのマウスを扱う。
前医での加療が奏功せず、不安感が強い。

A)右上腕骨外側上顆炎(テニス肘)と慢性脱水症
前腕伸展筋に圧痛と硬直が著明で、就労により、同部に疲労性の弛緩不全を生じ、上腕骨外側上顆にかかる力学的な牽引負荷が高じて発症したものと考えられた。
第一肋間の圧痛と全身の圧痛所見により、筋組織内脱水が背景にあると考えられたが、カフェイン摂取量は少量で水分摂取量は適量であるため、改めて他に何を飲んでいるかを問診した。
すると、大量のルイボスティーを摂取していることが判明し、ルイボスティーの利尿作用を疑った。

P)前腕筋の弛緩不全を解消するためのMedical Dynamic Stretchingを施行し、これを指導。
ルイボスティーをやめて、麦茶やスポーツドリンク、経口補水液の類へ飲料水を変更することと、就労時のテニス肘装具装着を勧めた。
投薬はテルネリン1錠眠前内服とアリナミンF朝食、夕食後1錠内服。消炎鎮痛剤は用いず、疼痛時は芍薬甘草湯を頓服として処方した。

初診時の段階で、MDSによって手指の震えは消失。痛みはわずかに軽減。
患者の受診後、ルイボスティーに利尿作用があることを確認。
六日後の再診時、疼痛は初診時の十分の一に激減。第一肋間、及び全身の圧痛は消失。
全身のだるさが残るとの訴えあり、テルネリンの副作用を考慮し、これを中止した。

かくのごとく、慢性脱水の痕跡を認めてから、患者の生活の仔細を問診することで、脱水の原因を特定できる場合がある。過去には、健康食品(その名も健康茶)の摂取が原因の症例もあった。
逆に、診る側に慢性脱水の知識がなければ、この患者の生活は改まることがなく、状態はより深刻になっていた可能性もある。この症例に限らず、慢性脱水に関する知識と、筋肉の弛緩不全を解消するテクニックが医者にあれば、整形外科の慢性疾患は、適切な処置によって、ほとんど薬物を用いることなく治癒せしめることができてしまう。その一方、この二つの概念を持たない医師の治療を受けた場合、患者は必要のない注射を打たれたり、鎮痛薬が長期投与されるなどした上、それでも難治性となってしまうのではないだろうか。

<線維筋痛症を患う方々へ>

思い当れば今すぐ水分摂取を
筆者の論考をご覧になって、ご自身の発症に思い当たる方々が少なからずおられるはずです。実際、筆者の外来では、線維筋痛症の診断基準を満たす患者さんの全てで、この慢性脱水状態が当てはまり、水分摂取の継続を促すだけで治癒に至ります。勿論、例外はあるかもしれませんが、寧ろ、そうした例外は線維筋痛症とは別の病気である可能性も考えられます。
もし、慢性脱水に心当たりがあれば、今すぐに水分摂取を心がけていただくだけで、数日後には治癒に至る可能性があります。現在、線維筋痛症を診ている医師は、自己免疫疾患を専門としている内科医であり、彼らもまた筋肉の慢性弛緩不全や慢性脱水という概念を知らず、病気に対する追究のアプローチにおいて的を外している恐れがあります。それ故、彼らにできるのは、せいぜい、各種症状に対して新薬を試すことぐらいなのです。
けれども、原因不明で治らないと思われている病気であっても、案外素朴な原因で起こっているものであり、頭の良い医者が、簡単なことを難しく考えすぎているだけかもしれません。

原因は一つ
疾病において原因が諸説あると医者が患者に言う際、その医者自身、原因に見当がつかないから、そのような説明が行われるのが通例です。ある程度治療経験があれば、独自の見解があってしかるべきなのです。そもそも、諸説あるというのであれば、医者の目の前にいる患者が、どの説に該当するかをいうのが本来の医者の仕事のはずです。患者の生活をつぶさに問い詰め、どの説が当てはまるかを特定して治療が行われるのであれば、患者は何も不安に思う必要がないでしょう。

線維筋痛症を見逃す整形外科医
ところが、皆様がこれまで受けてこられた治療はどうであったでしょうか。そして、今はどのような状態なのでしょうか。これまで筆者が診療にあたった患者のうち、線維筋痛症の診断基準を満たす患者で難治性だったのはほんの数例。そのいずれも発症後の経過が長く、心療内科領域の治療が長期間にわたって施されてしまっていたケースでした。その一方、他院で線維筋痛症と診断された症例も含め、残る全ての症例で水分摂取と筋肉を弛緩させる独自のテクニックだけで、ほぼ一週間以内に治癒せしめることができました。線維筋痛症患者は顎関節症だけでなく、急性腰痛症や頚椎症で発症する場合も多々あるので、整形外科医は自ずと線維筋痛症患者に遭遇する機会が多くなるのです。ただ、多くの整形外科医は線維筋痛症の診断基準をいちいち患者に確認していないので、見逃されている場合が少なくないのも事実です。

本当は治療にお金がかからない線維筋痛症
筆者の場合、患者に対しては、まず慢性脱水があるか否かを診断するところから診療を始めます。治療薬に関しても他の医師に比べて鎮痛薬の類をほとんど用いることがありません。痛みは肉体が発する警報であり、原因を取り除くことができさえすれば、やがては落ち着くものであるからです。筋肉が弛緩不全を起こす原因が各々個別に分かれるだけで、大多数は慢性脱水症が誘因となって線維筋痛症を発症するというのが筆者の持論で、治療の成果はあがっています。問題点はただ一つ。薬をほとんど使わない上に早く治ってしまうので、稼ぎにならないということだけです。

難治であることが医療サイドの収益となる
現在、線維筋痛症を治すと謳う治療家の多くは、独自の見解に基づいて治療法を提唱し、自らの営利活動につなげています。実際、難病は難病であればあるほど、治療家にとっては利益を上げることができるネタとなります。今や線維筋痛症はその名を冠する学会まで存在し、治療薬を売る製薬会社にサポートされている有様です。このような状況下では、本当に有用な考察であっても、黙殺されてしまう構造的な要因が存在するわけです。なぜなら、線維筋痛症は治らない病気であることが学会の権威を高め、医療サイドの収益につながるからです。

線維筋痛症は膠原病ではない
勿論、診療に携わる個々の医師の誠意に疑いの余地はありませんが、線維筋痛症は先天的な素因の不確かな病気で膠原病ではありえません。畑の違う医者がいくら治療と研究を試みても、宝を掘る場所が的外れなら、宝にたどり着くことはできません。筆者は自身の診療経験を知識として皆様と共有することが出来さえすれば、全てではないにせよ、かなり多くの線維筋痛症患者を救済できると確信しています。

町医者の確信
ただ、一介の町医者の確信ごときでは信ずるに足る根拠がない、権威ある医師の発言でなければ価値がないとご判断されるのでしたら、それはそれで結構です。但し、発言した内容については確信があるので、現在受けておられる治療で治癒に至らないならば是非一度試していただきたいと存じます。たとえ心療内科の治療が長期であっても、難治性であるというだけで、治る見込みがないというわけではありません。とりあえず適量の水分摂取を継続していただくだけですから、さほど皆様のご負担にはならないことでしょう。筋弛緩を促すテクニックはMedical Dynamic Stretchingと筆者が名付けた方法で、ここで詳細を公開しています。とはいえ、発症後早期でありさえすれば、そのテクニックを用いるまでもなく、適量の水分摂取に努めるだけで治癒してしまう場合が少なくないことをお伝えしておく次第です。

<どうして線維筋痛症は難病になったのか>

■整形外科学の過ち
線維筋痛症は単純に慢性的な脱水で起こる全身の筋肉に生じた弛緩不全に他ならないというのに、何故難病となってしまったのかといえば、これはある意味、整形外科学の責任だということができなくもない。
現在、整形外科領域における変形性関節症は、いずれも筋力低下によって起こるといわれ、どこそこの関節痛には、どこそこを鍛えよ、という治療が一般的だ。例えば、階段の上り下りで膝を痛がるお年寄りを相手に、スクワットをして大腿部の筋肉を鍛えるように勧めているわけである。はてさて、階段の上り下りとスクワットと何が異なるのか理解に苦しむところであり、素人が考えても、この治療の過ちに気づくことができそうなものだが、そうはならなかった。それは、整形外科医が外科医であり、起こってしまった結果をどう治療するかにばかり傾注して、病気の原因を深く考えてこなかったからかもしれない。

本当は筋力低下が原因で変形性関節症を生じるわけではない。痛めている関節をまたいでいる筋肉が慢性的な弛緩不全を生じることで、関節において過剰な力学的負荷が加わり続けることによって適応変化と関節破壊を来しているのであり、筋力低下もまた筋肉の弛緩不全によって生じた結果なのだ。筋肉の縮みしろが少なくなることで筋力低下を来しているに過ぎないのである。

つまり、結果を原因だとのたまってしまったが故に、治療があべこべになってしまったというわけだ。本当は筋肉の弛緩を促すことが治療なのだ。
こうした勘違いを引き起こした原因は、整形外科学という学問の俎上に、筋肉の慢性弛緩不全という概念が欠落していることにある。この弛緩不全は、疲労性と廃用性、どちらによっても生じ得るが、いずれも慢性的な脱水状態が筋組織内脱水を招来するために筋肉のミイラ化を促進してしまい、症状を増悪させるというわけである。

これまで、学会では筋力低下と変形性関節症の相関係数の高さばかりが示されて筋力低下が原因だとされてきたわけだが、これは両者が共に筋肉の慢性弛緩不全に端を発した結果であることを示しているに過ぎない。整形外科学の黎明期に試みられた原因と結果の解釈が間違っていたために、勘違いが勘違いを再生産して今日に至っているのが実情だといえるだろう。

■欠落した二つの概念
実のところ、線維筋痛症患者を最初に外来で診るのは、整形外科医であることが多い。それは慢性脱水による筋組織内脱水は急性腰痛症や頚椎症を引き起こすケースが多いからだ。

しかしながら、整形外科学という学問に、筋肉の慢性弛緩不全という概念と、慢性脱水による筋組織内脱水という二つの概念が欠落しているため、整形外科医は線維筋痛症の本質を見抜くことができない。
おまけに整形外科領域は、医師の習熟度が進むにつれ、診る対象が専門化されていくので、脊椎を診る医者、上肢を診る医者、下肢を診る医者と分かれてしまい、全身を系統的に診るのは関節リウマチを専門にしている医者だけとなる。このために、全身症状を患う線維筋痛症患者の場合、クリニックから病院に紹介されると、最初に診療を担当する医者が関節リウマチの専門家となってしまうのだ。
ところが、先の理由により、整形外科医には病気の本質がわからないので、患者を膠原病内科や神経内科にふりわけるしか能がないというわけだ。

■患者の悲劇
ここから患者の悲劇が始まったといえるだろう。もともと畑の違う内科医が診るのだから、病気の原因がわかるはずもなく、患者は内科医お得意の検査漬けにさらされる。急性の脱水なら、血液生化学所見上、異常を認めることができるが、慢性脱水は筋組織内脱水を来すだけで血液濃縮を生じないので、検査上は異常を示さない。患者の訴えは激烈を極めるのにも関わらずだ。もっとも、全身の筋肉が痙縮しているのだから痛がるのは当然なのだが、これは何か新しい病気に違いないというわけで、線維筋痛症と呼ばれる病気が誕生した次第である。

若くて有能な医師であればあるほど、患者の生活をみるより血液生化学検査や画像診断に頼る傾向が強く、そのこともこの病気をわからなくさせる要因となった。患者の生活の仔細を問えば、脱水が根底にあることはわかりそうなものなのだが、内科医が普段治療にあたっているのは急性の脱水ばかり、即ち血管内脱水についての知識しか持ち合わせがなかったために、原因不明となったわけである。慢性脱水に伴う筋組織内脱水は全身に症状を来し、しかも脳脊髄液減少症に付随して髄膜炎と同種の頭痛を伴う上に便秘は必発というわけで、下剤が処方されることで脱水に拍車がかかり、鎮痛薬は次々と劇薬が投与されるという始末。
痛みは肉体が獲得した警報装置であり、肝心かなめの水分補給によって筋組織内脱水が補正されなければ鳴りやむはずもない。芍薬甘草湯を飲めば筋痙縮がわずかばかり治まるが、水の不足を薬で補えるはずもなく、難治のまま。痛みのために安静を続ければ関節は拘縮傾向となり、筋肉は廃用性の変化を辿って弛緩不全が増悪する。八方塞がりの内科医は、目の前にいる患者のキャラクターにも疑いの目を向け始め(実際、あらゆる病気において患者のキャラクターは予後を左右する重大な要素となる)、痛くて眠れないという患者の訴えに応えるべく心療内科へと紹介する。そこでは脳に作用する薬が次々と処方され、警報装置そのものに支障を来すようになるという具合だ。

壊れた警報装置の回復には時間がかかる
かくして線維筋痛症は難病としての地位を不動のものとするに至ったわけである。警報装置の不具合は水分補給だけではなかなか治ることがなく、時間をかけて機能回復に努めるしかない。全身の筋肉に生じた弛緩不全が、水分補給とMedical Dynamic Stretchingによって解消されていることを、自らの筋肉を押さえて確認していく必要がある。硬さがなくなって柔軟性をとりもどすことができていれば、圧痛に変化がなくとも快方に向かっている証なのだ。その状態を保つことで、徐々に警報が鳴りやむのを待つしかない。その間を薬に頼るのは仕方がないのかもしれないが、生活を正すのでなく、体が現す症状を抑える薬ばかり内服してきたことの招いた難病が、この線維筋痛症だといえるだろう。十分な水分補給の継続でも治らない線維筋痛症があるのだとすれば、それは医者がつくってしまった難病であるかもしれない。罹病期間が長期化することで、医師からの処方をはじめ、多種多様な素因による修飾を受けてしまい、加療を難しくしてしまうのではないだろうか。近年は痛みの治療としてサインバルタが流行しているが、濫用は慎むべきだろう。

患者に病名を告げるべからず
もし、医師が線維筋痛症を疑う患者を見つけた場合、決して患者に病名を告げてはならない。なぜなら、治らない病気という地位を確立しているこの病名を告げられた患者は、医師の告知によって精神的なダメージを負い、うつ病を発症して益々難治性となってしまう場合があるからだ。実は、うつ病それ自体、脱水が誘因となって起こるという報告まである。そうでなくとも、患者がこの病気の専門家を求めてあちこちの病院を彷徨えば、さらに治療は困難となってしまう。ただ水を継続的に飲みさえすれば治る病気であるというのにだ。

故に、この病気を疑う患者に遭遇した医師は、患者の生活の仔細を問い、慢性脱水の証拠を確認したのち、その生活を正すような指導を行うだけで良い。完治した後に病名を告げ、それが難病でも何でもないことを説明して患者に安心感を与えるよう心がければ済む話であり、線維筋痛症なる難病は幻に過ぎないというのが、片田舎に暮らす町医者の揺るがぬ結論なのだ。