眠れぬ夜に思うこと(人と命の根源をたずねて)

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zoom RSS <原発と原爆>

<<   作成日時 : 2013/06/26 09:50   >>

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実のところ、原発を推進する方々の主張はわからないでもない。原発を造ってしまった以上、これを稼働させ続けねば利益を生み出すことができず、廃炉にするとなると巨額の損失を免れ得ないという理屈だ。確かに、脱原発ではたちまち原発で飯を食べている方々が大勢路頭に迷うことになるだろうし、とにかくその損失額は途方もなく大きいわけである。
一方、原発に何か事故が起こってしまった場合、その損害はさらに天文学的数字にはね上ることが予想される。沢山の方々が放射線障害で亡くなる事態を招けば、それはもはや数字だけでは決して表すことのできぬ惨劇となるだろう。

両者をてんびんにかけて、それでも原発推進が選択されてしまうのは何故だろうか。それはつまり、後者のもつ不確実性にあるといえるだろう。脱原発で生じる損失は多くの人々にとってリアリティーのある試算となるだろうが、原発推進で生じる損失は、前者に比べるとどうしても不確実とならざるを得ない。事故が起こるかどうかはわからないというわけである。こうして、確実な犠牲と不確実な犠牲とがてんびんにかけられた結果、確実な犠牲を避ける道が選択されているのだ。与党は確実な犠牲の大きさにびびってしまったわけである。

けれども、俯瞰する時間の幅を拡大していけばいくほど、後者はより確実さを増すことになる。実際、もともと原発御用学者らの言い分によれば、原発は絶対安全だったはずだが、原発を長く(といってもせいぜい40年ほどだが)稼働させてみてはじめて、それらの言い分が、単に限定的な期間でのみ有効な妄言に過ぎなかったことが明らかになったわけである。

結局、俯瞰すべき時間の幅が長くなればなるほど、人間は現実感覚、あるいは平衡感覚を失ってしまう生き物であるようだ。ただ、これは高々80年程度の寿命しか持ち合わせのない人間にとっては仕方のないことなのかも知れない。実際、10年どころか、二、三年先を見据えることすら、多くの人々にとってはおぼつかない。喫煙習慣と縁を切ることのできない方々がいるのもそのためだ。長く吸えば健康を害することは明らかなのに、実際に健康を害して痛い思いをしてみなければ、タバコをやめることができないのだから。

さて、自前の核武装は独立国家の矜持であると信じる方々が自称保守派には大勢いる。確かに、力のせめぎあいの延長に今日の世界情勢は築かれているので、力の権化である核兵器は独立国家の体裁を保つのに好都合な道具なのだろう。それが使われるシーンでは必ず罪なき人々が大量に虐殺されることはわかっているのに、核抑止論という核兵器御用学者の理屈を盾に、その必要性が主張されるのである。しかしながら、核抑止論もまた、原発安全神話と同様に、限定的な期間でしか通用しない理屈に相違あるまい。核抑止には賞味期限が必ずある。先制核攻撃が勝利を確実にするなら、これを企図する国家は必ずでてくるだろうし、現に、そういうことをのたまう政治運動家がいなくもない。

原発と原爆とは異なるものであるが、原爆を造るのにはプルトニウムがいるわけで、これを得るために原発は必要不可欠な存在である。そしてどちらも自分さえよければいいというエゴのシンボルであるが故、原発と原爆にさしたる差異はないのかも知れない。より長期的な視点で見つめるならば、どちらも人類を破局に導く存在であることに何ら変わりはない。

物理的な力の優劣が目に見える世界のありようを決定するのは天理だろう。しかし、その天理に屈して目には見えぬ人道を蔑ろにする文化なり文明なりに待ち受ける未来には破滅しかない。人間は本質的に神聖な存在であり、その本質に背く道が選択されるなら、滅びる他ないと確信するからだ。さすれば、日本という崇高な国が何より保守しなければならないのは、目的のためには手段を選ばずという退廃ではなく、非道に手を染めるよりは潔く死を選ぶという気高さではないだろうか。

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
泉田知事が、これ以上マスコミ等で悪者扱いされたり、新潟県と県民への有形無形の嫌がらせを受ければ耐えられません。

「東京都の為に犠牲になれ!」
という事なのだと思います。
もう死んだ方がマシです。

以下を見て下さい。
http://www.google.co.jp/gwt/x?client=twitter&wsc=tb&u=http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-2926.html&hl=ja&ei=KYLaUeCsMJGvkgXd5YHwBA
新潟県と県民は、捨て駒になりました
2013/07/08 21:15
はじめまして。
私は、逆な結論を得ております。「確実な損害」と「不確実な損害」との理屈もわからぬではありませんが。
@五つの調査報告の結論は、福島第一は人災とあります。
A日本人が謙虚になり、素直に対策を取れば避けられた事故なのです。
B無駄な「国費」を費やす必要はさらさらありません。
Cそれに、日本はアメリカから原爆実験を受けた、人類初の国なのです。従って、安全な原発の維持も含めて「核融合の火」を完成し、人類について永遠のエネルギーを確保する矜持を持ちましょう。
今唐加太朗
2013/07/19 19:14
今唐加太朗様。
はじめまして。コメントありがとうございます。
おっしゃるような認識をお持ちの方は少なくないのだろうと拝察いたします。ご意見はそれとして尊重したいとは存じますが、せっかく頂戴したコメントですから、これを題材に新しい記事で愚見を述べてみたいと存じます。
SHO
2013/07/21 01:18

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