眠れぬ夜に思うこと(人と命の根源をたずねて)

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zoom RSS <患者様とお医者様>

<<   作成日時 : 2019/02/15 01:49   >>

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■患者さんから患者様へ
かつて勤務医時代のある時、接遇改善と称し、患者を様付けで呼ぶよう病院から指導があった。おそらくは浅はかな経営コンサルタントの指南に基づく要請だったのだろう。同じ頃からお医者様という言葉もまた、死語になったような気がするが、当時から今に至るまで、そういう風習には大反対だ。確かに、患者の側は、様付けで呼ばれれば悪い気はしないのかもしれない。しかし、この風習は患者にも病院にも悪しき勘違いをもたらすことになると思ったものだ。

■勘違いする患者様
「お金を払って治療を受けているのに、治らないとは何事か」と、まるで病気が治らないことを医者のせいであるかのように怒り出す患者「様」がたまにいる。そういう手合いほど、外来で待たされれば文句を垂れ、医者の指導にも非協力的で、病院をころころと自分勝手に変えては病気を悪化させていく。要するに、患者の様付けは、もともと勘違いしやすい輩を勘違いさせてしまうのに役立つだけなのだ。

■患者様はお客様
一方、様付けの悪影響は患者の側のみにとどまらない。病院が患者を様付けで呼ぶことによって、患者のことを、儲けをもたらすお客様として扱うようになる。これがなぜ問題であるかといえば、お客様を相手にする医者は、患者にできるだけ肉体的、経済的負担をかけないよう治すことを目的とするのではなく、患者の負担など二の次三の次、できるだけ稼ぎになる治療を施すことを目的とするようになるからだ。

■甘やかされる患者様
実際、これは現在の病院のあり方に大なり小なり反映されているといってよい。保険で許される範囲内で稼ぎにすることが目的に据えられるので、儲けにつながる患者は手厚くもてなされるが、そうでない患者はすぐにお払い箱というわけだ。日本の医療制度がそれに拍車をかけている現実もある。
かくして医者の頭の中は、どれだけ効率よく治療費を患者からふんだくれるかという発想が支配的となっていく。
この故に、生活習慣や受診態度について、本来ならば医者に厳しく叱責されるべき患者が甘やかされ、金づるとして珍重される事態を生ずるのだ。だが、それは結局、患者のためにならないのである。

■お医者様の不在
元より患者は医者を頼っている立場で、医者は患者に頼られているという責任を負っている立場だ。なるほど商売において、お客様は神様なのかもしれないが、医療においては、医者の側が神様の代理人としての責任を負うのである。ところが、患者を患者様と呼ばせる風習は、この責任の所在を曖昧にしてしまい、病院をして聖域から商店へと堕落させる。患者は、患者様ではなく、患者さんだ。そして医者は、お医者様として、全力で神様を演じなければならない存在なのだ。

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