<Medical Dynamic Stretchingの実際⑧救済>

引退したアスリートの危機
問診票で患者のスポーツ歴を調べるようになって、過去にアスリートとしての経験が濃密な患者程、引退後に急激な身体的不調を患っている傾向が強いということに気づかされた。おそらく、引退によって急速な神経伝達機能の低下を来し、アスリートとして築き上げた強靭な筋肉が弛緩不全を生じて、通常人よりも過大な負荷が骨格に加わることで、関節破壊を招いているものと考えられた。

鍛え上げた肉体が仇となる
特に顕著な破壊をみるのは腰椎と股関節だ。アスリートは、その競技能力が高ければ高い程、腸腰筋が発達しており、その弛緩不全によって腰椎と股関節に過剰な軸圧が加わることで、そこに破壊的な変化を来してしまう。つまり、かつて鍛え上げた筋肉が何らメンテナンスを受けることなく放置されている肉体程、骨格の異常を招いてしまうわけである。それは回遊魚が泳ぐのをやめると死に至る様によく似ているといえるだろう。アスリートは、引退後も安易に競技を絶つべきではないのかも知れない。

筋力強化の意義
さて、今回のシリーズでは、筋力強化が整形外科疾患の予防や治療にはほとんど役に立たないことを主張してきた。しかしながら、筆者が筋力強化を怠っているかと言えば、そうでもない。それは怪我の予防や病気の治療のために行っているのでなく、あくまで筋力強化のために行っているのである。つまり、健康のために筋力強化があるのではなく、健康以上の何事かを追求した先にそれがあるに過ぎない。そもそも、筋力強化は怪我や病気を引き起こす可能性が多分にあるわけで、アスリートなら誰もがそれを知っているだろう。怪我を負ってしまう可能性のある方法が、予防法や治療法として、ふさわしいはずがないのである。

まずは試すこと
ゆえに、安全性と汎用性が高く、かつ安価で効果的な予防と治療の方法はMDSだということができる。アスリートが肉体を鍛える際には、必ず間にMDSを挟むべきだ。他方、MDSは競技直前や競技中のインターバルに行うのも有用だ。それは速やかに肉体の疲労を取り除き、勝負を有利に運ぶだろう。また、引退したアスリートが肉体の崩壊を予防する方法としても最適である。MDSに関して、議論や躊躇は時間の無駄だ。まずはこれを試し、本稿の正当性を吟味していただくのみである。

<Medical Dynamic Stretchingの実際⑦注意点>

本当の治療とは
近年、インターネット上では柔道整復師たちが異口同音に、筋力強化が治療法として間違っていることを堂々と宣言し始めている。彼らは整形外科学に染まっていないので、自分たちの実感に基づいて筋力強化が間違っていることを悟ったのだろう。まじめに治療家として研鑽を積んでいれば、気づいて当然の話。本当は筋力強化ではなく、筋肉の弛緩を促すことの方が治療になるのだ。

排尿過多でも飲水を
今回のシリーズでは、MDSを有効に用いる条件として、水分摂取の重要性を繰り返し述べた。筋肉内に十分な水分が確保されるようになると、MDSの効果を得やすくなるだけでなく、その持続時間も長くなるのである。しかしながら、患者に水分摂取を促してしばらくすると、決まって「トイレに行く回数が増えて困る」というクレームを頂戴することになる。血管内脱水を生じると、人間の体は筋組織から水分を引き出して循環血漿流量にあてがうホメオスタシスが働く一方、水分を補給して血管内のオーバーフローを招くと、人体は直ちに排尿によってそのバランスを保つようになるためだ。かくのごとく、水分摂取に努めたからといって筋組織内の脱水が速やかに改善されるには至らず、日にちを要することになるので、本当は「トイレに行く回数が増えて困る」くらいでちょうど良いのである。但し、高血圧症を患っている患者の場合は注意が必要だ。頻回の水分摂取によって血圧が上昇してしまう場合があるからだ。このあたり、日本の政治と同じで、あちらを立てればこちらが立たずという具合に、人体のかじ取りをするのは困難を伴うといえるだろう。

嗜好品の害
また、コーヒーや緑茶のようなカフェインが脱水を招くという指摘に対し、アンダーバランスを補うべく、次々とカフェインを摂取すればそれで良いではないかという意見があるかも知れない。しかしながら、次々に飲み続けても、次々に体から水分を絞り出してしまうのがカフェインの怖さである。結局、眠っている間に水分を補うことができないので、慢性的に脱水が進み、筋組織内脱水に至るわけだ。それは勿論、アルコールの摂取も同じである。
確かに、こうした嗜好品と脱水との因果関係を証明することは難しい。なぜなら、先述した通り、それらの利尿作用に対しては、筋肉臓器に蓄えられた水分で循環血漿流量が補充されるからだ。しかしながら、利尿作用を有する物質の継続的な摂取によって、たとえ血管内脱水が認められなくとも、筋組織内の脱水が進行するため、病気に至るのである。
また、経験的な話で恐縮だが、カフェインの過剰摂取は筋組織内脱水だけでなく、石灰沈着性腱板炎をも誘発する。石灰沈着性腱板炎の治療にはタガメットが有効であることは周知の事実だが、タガメットを投与しても、カフェイン摂取の制限を同時に行わないと難治化してしまう場合があるのだ。ゆえに、石灰沈着性腱板炎の場合、カフェインの制限と薬物療法に加え、二次的に生じた肩関節周囲筋の弛緩不全を水分摂取とMDS で軽減せしめる治療が必要となる。

生活習慣の改善を
総じて、カフェインやアルコールを嗜好する傾向があり、一日の摂取水分が各々の必要所要量に比して少ないタイプが整形外科の患者になりやすい。そこに喫煙習慣が伴えばなおさらだ。喫煙は筋組織内の血流不全を招くからである。筋肉に生じた弛緩不全が整形外科疾患を引き起こすという視点があれば、それらは至極当たり前の話ではある。しかしながら、今日の整形外科学にはそういう視点が欠けており、このために整形外科疾患を患う整形外科医も後を絶たない。ゆえに、ロコモの予防などと騒いでみたところで、整形外科医が筋力強化を治療だと盲信し続ける限り、今後も患者は順調に増え続けるに違いない。

<Medical Dynamic Stretchingの実際⑥頸椎>

フローズン・ネックの治し方
ある朝突然、起床時から首の痛みで頸椎が可動域を失い、借金があるわけでもないのに首が回らなくなってしまう病気がある。小児の場合、リンパ節炎を原因とする炎症性斜頸であることも考えられるが、成人の場合、ストレート・ネックや後弯の重症化によって生じている場合が多い。それはフローズン・ネックとでも呼ぶべき頚椎の硬直した状態で、主に斜角筋の弛緩不全によって生じているため、斜角筋をターゲットにしたMDSが著効するのであるが、初診時には筋組織内脱水が高じている場合が多く、無理やりMDSを試みるべきではない。急性腰痛症の場合も同様に、いったんは多めの水分摂取(体重50キロあたり1500~2000ml/day)を促し、筋組織内脱水の補正を行ってから、MDSを行う方が良い。筋組織内脱水の補正には最短でも二、三日を要するので、然る後にMDSを行うと良好な成果を得ることができる。その間は消炎鎮痛剤の処方もやむを得ないが、基本的には痛みに応じて安静を保つ必要がある。

MDSの前に脱水の補正を
実は、フローズン・ネックや急性腰痛症を患う症例では、大抵、線維筋痛症の診断基準を満たしている。これまでにも述べた通り、線維筋痛症は筋組織内脱水によって全身の筋肉に弛緩不全が生じている状態だと考えられ、頚椎症や急性腰痛症では重度の筋組織内脱水が根底にある場合がほとんどなのだ。患者は、たまたま頸椎や腰椎に激痛を伴っているに過ぎず、本当は全身の筋肉に弛緩不全を生じている。よって、それらは、いかなる投薬よりも、水分補給が著効するのである。時折、年齢的に若く、これといった画像上の異常もなく、内科の病気があるわけでもないのに頑固な背部痛や側胸部痛を患う症例に遭遇する。実は、こういう症例もまた、筋組織内脱水を誘因としている場合が多く、脱水を補正して腸腰筋や斜角筋、肩甲骨周囲筋に対してMDSを行えば短期間に治癒に至るのである。

頸椎におけるMDS
では、斜角筋に対するMDSの詳細を説明しよう。まず、仰臥位をとり、頸椎の生理的前弯に沿うように頸椎後方に枕を入れ、下顎がやや上を向く軽度伸展位をとる。この姿勢から頸椎の屈曲、伸展運動を繰り返し行う。名前を呼ばれて頷く程度の小さな動きであることが肝心だ。次にいやいやをするように無理のない小さな動きで頸椎の回旋を行う。これはアシスティブに行っても良い。最後に、そうかしらと小首をかしげるかの如く小さく左右に側屈を行う。この動きはできない患者も多いので、アシスティブに行う方が良い。いずれも振幅は5度から15度程度、10回ずつを5回通り行う。これを一日に数回行うと、斜角筋をはじめ、頸椎周囲の筋肉が弛緩する。痛みに応じてできるだけ小さな動きで行うことがポイントだ。運動のリズムは約2ヘルツ。このストレッチは肩こりや、交通外傷である頸椎捻挫の亜急性期以後の治療にも用いることができる。MDS施行の前後で斜角筋を押さえて圧痛の有無を比較してみると、このストレッチの効果が明瞭となる。基本的に神経根症状が強い場合、MDSは禁忌だが、痛みのない可動域で行うなら良いだろう。

薬物療法の意義
MDSは筋組織内脱水を補正してから施術するのがポイントで、脱水の補正に要するまでの期間は薬物療法でしのいでも良いだろう。しかし、筋肉の弛緩不全を改めずにペイン・コントロールのみに走れば、よからぬ結果を招くのが当然の帰結である。自然治癒力が円滑に働く環境を整えることこそ医師の仕事であって、医師が患者を治しているわけではないという謙虚な姿勢が治療家に必要なのだ。
痛みは生命が長い時間をかけて獲得した警報装置である。警報がやかましいからと言ってこれに蓋をすれば、将来の損失は過大とならざるを得ないのだ。消炎鎮痛剤やリリカ、トラムセット、サインバルタのような薬を安易に処方することは、警報に蓋をしてしまう行為に等しい。ゆえに、筋肉の弛緩不全が病気を招くという概念が全く顧みられることなく、これらの薬剤が用いられるのは大変危険なことだ。よって一日も早く、王様は自らが裸であることに気づく必要があるだろう。

<Medical Dynamic Stretchingの実際⑤前腕>

へバーデン結節の治療
ある病気で、手の外科の専門医から大学病院を紹介された挙句、そこでも装具を渡されただけで、歳のせいだから仕方がないと諦めるように言われた患者が当院を受診してきた。患者の病名はへバーデン結節。手指の遠位指節間関節に生じる変形性関節症だ。一般的には女性に多い変形性関節症なので、女性ホルモンが関係しているだとかなんとか、怪しげな理屈で説明を試みられている病気である。ありふれた病気であるにも関わらず、手術が不要であるため、リウマチと異なり、整形外科の外来では、さほど本気で取り扱われることがない。このため、関節の外固定以外に有効な対策がとられることがなく、患者は泣き寝入りを強いられる羽目に陥る。整形外科医は装具で固定していれば痛みが治まるのでそれで良いと思っているようだが、装具を外して生活をし始めれば再び症状を患うことになるのだ。
しかしながら、筋肉の弛緩不全が変形性関節症の原因であると考えれば、この病気に対する治療もさほど難しいことではない。遠位指節間関節に軸圧を加える力学的成分である深指屈筋や総指伸筋に生じた弛緩不全をうまく改善させることができれば良いだけだ。

前腕筋の弛緩不全が引き起こす疾患
実は、前腕の筋肉群が手指のモーターを担っており、ここを弛緩させるだけで、多くの疾患を治癒せしめることができるのだ。<エビデンスのない話>で詳述した通り、弾発指は隣り合う中手骨の間にある骨間筋を弛緩させることが有効で、肘部管症候群なら尺側手根屈筋、ケルバーン氏病なら方形回内筋、テニス肘なら前腕伸筋群、野球肘なら前腕屈筋群のストレッチが有効だ。前腕の筋肉群をMDSで弛緩させることで、従来なら手術を避け難かった数々の症例が、手術を必要としなくなるのである。先のへバーデン結節の患者もまた、水分摂取とMDSによって、長年患っていた手指の痛みから解放されることになった。無論、変形それ自体が治癒するわけではないのだが、関節可動域を残したまま痛みの消失に至ったわけである。通常、へバーデン結節の症状がなくなるのは、関節破壊が進行して末節骨と中節骨が変形癒合に至った場合であるので、関節軟骨を残したまま、しかも装具なしで日常生活を送りながら症状が軽快するのは実に意義深いことなのだ。

前腕筋のMDS
では、具体的なテクニックを詳述しよう。まず、上肢を下垂位にし、手関節の掌背屈を振幅30度程度でぶらぶらと行う。リズムは2~3ヘルツ。次に肘関節を90度以上屈曲させ、前腕の回内、回外運動を行う。リズムは同じく2~3ヘルツ。そのままの肢位で手指の全関節で、屈曲、伸展運動をふわふわ行う。リズムはやはり2~3ヘルツ。最後に、肩関節で行った前後方向への振り子運動を行う。弾発指の場合、MP関節での内外転を繰り返す運動を加える必要があるが、これは多くの場合、自動運動が困難なので、他動的に行うと良い。リズムはやはり2~3ヘルツ。いずれも50回ずつ一日数回を行う。適切な水分量が筋肉内に確保されている限り、ストレッチが著効し、早ければ3週間程度で症状の軽減を実感できるようになるだろう。治癒に至る期間は約3か月から半年。自験例では、ケルバーン氏病のほとんどが手術を要さなくなり、弾発指は過半数が手術不要となった。当然ながら、年齢的に若く、病初期に治療を始めた方が成績が良く、治癒に至るまでの期間も短かった。

ぶらぶら体操が病気を治す
かくのごとく、MDSは自力で病気を治癒せしめる最良の技術だ。もし、一般的に紹介するなら「ぶらぶら体操」とでもすべきだろう。目下、野球選手は肘の障害を米国で手術してもらうのがトレンドのようだが、本当は手術をせずに越したことはない。前腕の筋肉群に生じた弛緩不全をMDSでコントロールしておけば、肘関節周囲に滅多な怪我を負うことはなくなるのである。MDSにはスポーツで生じた疲労を速やかに取り除く効果があり、インターバルに用いれば怪我の防止に役立つだけでなく、競技力の維持にも貢献できる。東京五輪までに、アスリートたちには是非伝えておきたいものである。


<Medical Dynamic Stretchingの実際④肩>

予防手段としてのMDS
これまで治療法として紹介してきたMDSであるが、筋肉に生じた弛緩不全を解消するという効果に鑑みれば、MDSは怪我や病気の予防法としても効果が高いということが示唆される。実のところ、スポーツ選手が患う肩腱板損傷や膝前十字靭帯損傷、あるいは半月板損傷は、単なる不運によってもたらされているのではない。怪我に至るお決まりの道筋を辿っている場合がほとんどなのだ。故に、その道筋に変更を加えることができさえすれば、それらは全て回避できる可能性がある。

怪我のきっかけは弛緩不全から
バドミントンという競技を例にとってみよう。バドミントンでは中腰姿勢の反復によって、腸腰筋に疲労が蓄積されやすい。このため、腸腰筋に弛緩不全が生じ、その力学的な負担によって腰痛や股関節痛を患うことになる。仮に、痛みとして腸腰筋の異常を自覚できなかったとしても、立位では腸腰筋にかかる負担を軽減させるべく股関節を軽度屈曲位に保つ姿勢の変化が生じ、その結果、膝関節も軽度屈曲位となって、大腿屈筋群や大腿四頭筋にも過剰な負担がかかることになる。大腿筋群に生じた弛緩不全は、当然ながら膝関節を破壊せしめる力学的な要因となるため、半月板や前十字靭帯損傷の誘因となるわけだ。

肩を壊すメカニズム
一方、腸腰筋は、シャトルを打つ力の源でもあるため、この筋肉が弛緩不全に陥って筋力を失うと、選手は上肢と上半身の力に頼って球を打とうとする。このため、インパクトの際に上体が早く開いてしまい、肩関節における適切な肢位が崩れて、腱板と腱板を構成する筋肉群に不自然な負担が加わるようになる。これが腱板損傷の引き金になるわけだ。もし、選手が肩に障害を抱えるようになれば、遠くない将来、肘関節や手関節をも痛めることになるだろう。肩関節周囲筋の弛緩不全のため、肩関節の十分な可動域が得られない状態で競技を続けることで、今度は前腕の回内外に頼ったプレーを行うことになるからだ。前腕の筋肉群に生じた弛緩不全が、肘関節、手関節に過剰な負担を加えることになるのである。

肩だけを治せば良いわけではない
よって、これらの怪我を未然に防ぐ、あるいは治療する場合、本当に必要であるのは関節周囲筋の筋力強化ではなく、弛緩である。即ち、MDSによる筋肉のメンテナンスこそ有用なのだ。アスリートの場合、上記の理由で症状の直接的な原因となっている筋肉を弛緩させるにとどまらず、腸腰筋のストレッチは必要不可欠だ。腱板損傷の場合、腱板を構成する筋肉群のMDSは従来の肩関節の振り子運動に類するが、基本的な運動は次の三種類である。

肩関節周囲筋のMDS
まず初めに肘関節90度以上の屈曲位で前腕を回外し、手掌を上に向け、脇を開かないように肘を側腹部に固定した状態でワイパーのごとく上腕骨を回旋させる運動を行う。リズムは1ヘルツ、振幅は片側30度程度。最大内旋位から行い、外旋は少なめに取った方が良い。
次に上体を軽度前傾し、上腕骨下垂位から上肢を左右に振る。この際、手掌は内転の運動方向に向ける。これも運動のリズムは1ヘルツで、肘関節及び手関節を象が鼻を振るかの如く柔らかく使うことがポイントだ。
最後に上体を起こし、やや患側に傾けた状態で上肢を前後させる。手掌の向きは前方の運動方向。これも同じく1ヘルツで肘関節を柔らかく使うことがポイントだ。いずれも痛みを伴わない限定的な可動域を用い、最低50回を行う。これを一日に数回以上、競技の前後に集中的に行うと良い。このMDSは五十肩の治療としても有用だが、アスリートの肩痛の治療として、より効果的である。