<医療費は本当に高騰しているのか―その4―医療費亡国論の虚妄>

これまで、高齢者人口の増大が医療費の高騰をもたらし、国家財政が破綻するという非常にわかりやすい主張が、多くの国民、政治家に疑われることなく受け容れられてきたわけだが、もとを正せば、これは医療費亡国論と呼ばれ、1983年に「社会保険旬報」に掲載された「医療費をめぐる情勢と対応に関する私の考え方」で紹介された当時の厚生省保険局長の吉村仁氏の私見に過ぎないものである。

吉村氏は、将来の医師過剰を予見し、医師数の増大が医療費高騰をもたらすと主張していたが、現在、これはことごとく誤りであることが証明された。既に述べた通り、昨今の日本は医師不足である。医師過剰が医療費高騰をもたらすという妄言もまた、今日の医師不足を助長した要因の一つでもあるのだが、これは1983年に米国の医療経済研究者であるRossiterたちのグループが、米国での実証研究の結果にもとづき、発表した学説であった。しかし、その後、1990年以降に米国や北欧で行われた全ての実証研究において、この説は否定されたのである。
厚労省はまた、吉村氏の、治療中心の医療より予防・健康管理・生活指導などに重点を置いたほうが効率的という、医療費効率逓減論に基づいて、2008年4月より特定健診、特定保健指導を行っているが、はじめに医療費抑制ありきの制度であることが災いし、健診として十分な効果が得られないジレンマに陥っている。しかも、こうした健診は必ずしも医療費抑制につながらないことがすでに指摘されているのである。


<引用開始>
東京医歯大・河原教授

東京医科歯科大大学院の河原和夫教授は23日、医療関連サービス振興会セミナーで講演し、2008年度から始まる特定健診・保健指導について「予防によって医療費を抑えられない。逆にコストがかかる場合がある」と述べ、医療費抑制は困難との見解を示した。その上で、医療費抑制の視点ではなく、健康寿命の延伸の視点で取り組むべきだと提案した。河原教授は「標準的な健診・保健指導プログラム」のたたき台をつくった厚生労働省検討会の委員を務めている。
医療制度改革の一環として、厚労省は特定健診・保健指導の導入によって、15年度に生活習慣病有病者・予備群を25%減少させる政策目標を掲げている。中長期的には医療費の増加を抑えることも可能としている。
河原教授は特定健診・保健指導の導入によって、糖尿病など生活習慣病が予防でき、健康保険の一部では支出を抑えることができるとした。一方で、寿命が延びることで年間30万円とされる国民1人当たりの医療費がかかる年数が増え、年金の支払期間も延びると指摘。「国全体のマクロでは医療費抑制とは逆の効果が出てくる」とした。
その上で河原教授は、特定健診・保健指導の目的は医療費抑制にするのではなく、健康に生きる健康寿命の延伸に変えたほうがいいと提案した。
<引用終了>
引用元2007年10月24日メディファクス5272号

医療経済学者、兪炳匡氏は、その著書「「改革」のための医療経済学」において、詳細なデータから医療費の高騰をもたらすのは、人口の高齢化や医療保険の普及、あるいは国民所得の影響、医師供給数増加などではなく、「医療技術の進歩」であると指摘している。
つまり、現在にあって、医療費亡国論は、既に論理破綻しているとみなすことができるのではないだろうか。

参考資料
<日本の医師不足はどのように生じたのか>
http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report22_1292.html

http://ryumurakami.jmm.co.jp/medical/report07.html

上記より、
<引用開始>
■医師誘発需要と医療費亡国論

ついで、医者が増えると医療費が増加するという医師誘発需要説が、もっともらしく議論されたことが挙げられます。1983年に米国の医療経済研究者であるRossiterたちのグループは、米国での実証研究の結果にもとづき、医師が増えると医療費が増加する学説を発表しました。この研究を詳細に読めばわかりますが、この研究では医師数が10%増加しても、外来受診の頻度の上昇はわずか0.6%でした。このように、医療需要喚起説は科学的には妥当であるものの、社会的に与える影響については疑問の余地があったのですが、多くの医療関係者の間では「医師を増やすと、医療費が増える」というコンセンサスができあがりました。これは、「医師の売り上げは、一人あたり1億円くらいはあるだろうから、人数が増えれば、それだけ医療費がふえるだろう」という医療者・厚生官僚の感覚ともマッチしたものだったのでしょう。

1983年には、吉村仁厚生省保険局長(後の事務次官)が論文や講演・国会答弁などで「医療費亡国論」を主張します。ちなみに、吉村仁さんという人は、「ミスター官僚」や「厚生省の歴史を変えた男」などと呼ばれる伝説的人物です。「医療費の現状を正すためには、私は鬼にも蛇にもなる」と言い切り、医師優遇税制改革やサラリーマンの二割自己負担などの制度改正を行い、医療費の膨張に歯止めをかけようとしました。吉村氏は、広島県出身の被爆者で肝臓癌のため56歳の若さで亡くなります。吉村氏を中心とした厚生官僚は、医療費亡国論という学説に基づき、当時の中曽根内閣の増税なき財政再建路線、武見太郎氏退陣(1983年)による日本医師会の影響力低下などもあり、公的保険医療政策を医療費抑制方針に転換させました。医療費を減らすには医師数を増やしてはいけないと考え、1984年以降、医学部の定員を最大時に比べて7%削減しました。

その後、1995年村山内閣の少子高齢化対策、1997年の医学部定員の削減に関する閣議決定、2002年から小泉内閣によって実施された骨太の改革へと繋がっていきます。

■医師誘発需要学説は否定された

このように、1983年以来、政府は医師数削減政策の学術的根拠として「医師誘発需要学説」を挙げています。

しかしながら、学問の分野は日進月歩であり、過去の学説がいつまでも支持されるとは限りません。医療経済学分野でも、様々なグループにより医師誘発需要学説についての追加研究が行われました。この結果は、驚くべきことに、1990年以降に米国や北欧で行われた全ての実証研究は「医師数を増やしても医療費は増加しない」と医師誘発需要説を否定したのです。

1990年以降、情報工学の発達や米国医療界における情報開示が促進されたため、医療経済研究者の多くは、1990年以降の研究は、それ以前のものと比較して遙かに信頼できると考えました。彼らは、新しい研究の結果にもとづき、一部の医師は自らの収入を増やすため、不要な医療行為を行うが、その絶対数は少なく、国家レベルでは問題にならない、および、医療では医師と患者の間に情報の非対称が存在しても、患者の医療知識が増加するにつれ、医師が医療サービスを100%決定できず、患者の決定権が大きくなってきていると考えるようになりました。複雑さやスケールが増した系では、独自の理論体系が必要になるわけで、医師の一人あたりの稼ぎを根拠に医師誘発需要説を支持するのは暴論のようです。

このように、医師誘発需要学説は、医療経済学の専門家の間では完全に否定されました。しかしながら、現在でも、一般社会は勿論、医療経済学者以外の医療者、厚労省の官僚の中には「医師が増えると医療費が増える」と信じている人が多いようです。もし、国民が「医者を増やしても医療費の増加は僅かである」と考えれば、医師不足の日本で大学医学部の定員を増やす合意を得ることは容易でしょう。現にアメリカでは、財政赤字にもかかわらず、医師の数を大胆に増やしています。
<引用終了>



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