眠れぬ夜に思うこと(人と命の根源をたずねて)

アクセスカウンタ

zoom RSS <核武装の誤謬>

<<   作成日時 : 2014/01/27 08:55   >>

ナイス ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

戦争に勝つためであるなら、いかなる非道も許されるという合理主義は最終的に核兵器を生み出した。その使用に際しては人道も武士道も全く介在の余地がなく、非武装市民が標的とされる。核兵器こそは近代合理主義の権化にして目的のためには手段を選ばずという退廃のシンボルそのものなのだ。

昨今、ネット上では大東亜戦争をはじめとする近現代史が見直され、中国韓国北朝鮮の日本に対する主張がいかに根拠薄弱で異常であるかが詳らかにされつつあるようだ。その一方、それらの国々からの挑発に応じて、核武装を何の躊躇もなく主張する自称保守派を見かけることも多くなってきた。
日本人としてのアイデンティティーを何に求めるのかという問題でもあるかもしれないが、日本を護持せんと欲するなら、防衛に際しても日本らしい精神のあり方と矛盾しない方法を選択すべきではないだろうか。他者を思いやる惻隠の情と、目に見える森羅万象の移ろいをあるがままに受け入れる無常観こそがその精髄だとするなら、こうした日本精神を喪失した国は、もはや日本と呼ぶにふさわしくないことだろう。

この意味で、日本精神と核武装とは、決して相容れることがないものなのだ。それは原発も同じことである。単に国土と国民の平穏を守ることのみを目的として核兵器を欲するのなら、アメリカの属国などという中途半端な立場でなく、そのままアメリカ領になってしまった方が良いに決まっている。ハワイのごとく、アメリカ合衆国日本州で十分なのだ。日本という国の存在意義を考えるとき、真に日本を守ろうと思うのなら、核武装など絶対にすべきでないという結論に達する。

ただ、誤解のないよう付け加えるなら、この主張は国防の努力を怠ってよいということではない。大事なのは手段を選ぶこと、日本人としての誇りを失わずに済むぎりぎりの選択が何かを考えるべきだということだ。そして、そのための方法は、国家と国民とが核と決別する勇気を示すことによってしか得られはしないことだろう。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 3
ナイス ナイス
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
<核武装の誤謬> 眠れぬ夜に思うこと(人と命の根源をたずねて)/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる