眠れぬ夜に思うこと(人と命の根源をたずねて)

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zoom RSS <幸福と欲望の狭間>

<<   作成日時 : 2011/11/19 06:38   >>

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幸福と感覚的な悦びとは似て非なるものだ。誰もが幸福な人生を送りたいと望むが、多くの場合、何が幸福かは不幸に遭遇してみなければわからない。幸福とは平凡な日常に埋没していて、それとは気付かれぬものだからだ。

究極的にいえば、足るを知るところに幸福はあるといえるが、それゆえに幸福と向上心とは互いに相容れない。
もともと、向上心とは欲得の属性なのである。にもかかわらず、大人たちは子供に向上心と称して欲得を追求する習慣を植え付けようとする。確かに、実生活はどれも皆、欲望の延長に築かれており、人生を全うするには、欲得の主となる術も身につけておかねばならないという親心がそこにある。

だが、欲得を追求すればするほど、人は本当の幸福からはかけ離れていく。欲を手放せるなら、人はいつでも幸福になれることだろう。しかしながら、欲得を完全に放棄して生身の身体を維持するのは不可能だ。人は飲まず食わずで生きることはできず、誰もが聖者のようではいられない。

ゆえに、欲とともに欲を糧として生きながら、欲の虜になることなく、今ある幸福を甘受するという生き方しか、ありきたりの人間にはできそうにない。欲の虜になるとは、欲得の追求によって、あるべき姿を見失ってしまうことだ。
残念ながら、原発や核武装を容認する人々には、まるでそのことがわかっていない。
原発がなくとも、心豊かに慎ましく暮らすことはできる。核兵器がなくとも、戦って誇り高く死ぬことはできる。
本当はそれで十分なのだ。

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