眠れぬ夜に思うこと(人と命の根源をたずねて)

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zoom RSS <核抑止論の虚妄>

<<   作成日時 : 2011/01/25 12:13   >>

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人間は、どこかで人間を信じている。
自国に多大な犠牲を払う可能性のある選択肢、つまりは核による反撃を生ずるような選択肢(=核の先制攻撃)がとられることはないだろうという核抑止もまた、人間に対する一片の信頼に寄せられた期待に過ぎない。
ところが、戦後生まれの私にとって、人間に対する信頼は、すでに生まれる前に失われていたのだ。
二度にわたる原爆投下の事実は、人間に対する信頼を根こそぎ失わせるのに十分であった。
これほど卑劣極まりない選択肢を自らの生存欲のためにとりうるのが人間であるとして。

自らの身の安全が保障されるなら、それによっていかなる犠牲が生じようとも、平然と卑劣な手段にうったえることのできるのが、獣の論理につき動かされた人間である。
ゆえに、核の先制攻撃が勝利をもたらすなら、平然とそれを選ぶ人間は存在する。
獣の論理につき動かされる人々にとって、戦争は勝たねばならぬものであり、勝たねば意味のないものだからだ。
勝つためであれば何でも許されると思う退廃の権化らにとっては、核抑止など、何の意味もないことだろう。

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